寄り道ブログ
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TVアニメ 少女革命ウテナ まるごと感想
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 以前に2クール目の黒薔薇編の途中まで見ていたのですが、先日、ニコニコ生放送にて行われた一挙放送にてやっと全部視聴できましたので、感想でも書こうと思います。考察等はすでに色んなサイトさんがやり尽くしておりますので、わたしは、この作品をエンタメという観点から見て、どのようになっているかを分析してみたいと思います。

 ・・・ニコニコ生放送の一挙放送は、こういう放送があるから好きですね。


【基本構造】
一般的なエンターテインメント作品というのは、主に「主人公が問題を解決する」といったものです。襲来したサイヤ人を倒す、ジオン軍との戦争に勝利する、地下労働施設から脱出する、幻の大技を成功させる・・・といったものですね。敵を倒すこともあれば、引き分けでじゅうぶんなこともありますし、戦闘だけではなく、恋愛や重要アイテムの入手、ある場所への到達など、色んな問題の解決方法があります。

あえて目的を達成させないことで、挑戦する気持ちや努力の大切さ、失ったものの喪失感などを出すこともあります。そして、その場合は、たいていその失敗がまたひとつの問題になっていて、それを乗りこえて、また問題解決に取り組む展開になることが多いです。

しかし、この「エンターテインメントの基本構造」が、この「少女革命ウテナ」では、なんだったのか、よくわからないというのが本音です。そして、それこそが、考察サイトなどで色んな議論と解釈を呼んでいるのではないでしょうか。

天上ウテナという少女は王子様に憧れていて、王子様の格好をしている。そして、決闘の掟に従って好き放題されている姫宮アンシーを自由にするため、彼女の王子様としてデュエリスト(挑戦者)たちを倒していく・・・強いていうなら、これが基本構造でしょう。ということは、彼女にとっての問題というのは、「挑んでくるデュエリスト」であり、それを「倒す」ことが、問題の解決です。


【問題のバリエーション】
問題と解決がわかったところで、そのバリエーションについて。例えば、敵を倒して新たな敵が出現したとき、今度は特殊なアイテムを手に入れる目的にかわったり(ナメック星のドラゴンボールなど)、いったん敵との戦闘をやめにして逃げに徹したり(デスノートの所有権を放棄など)といった、別の課題が発生することがあります。

しかし、「ウテナ」にはそれもほとんどありません。まるでプリキュアのように、「敵がやってきては倒す」ということを愚直に続けています。これは、脚本家つながりの「スタードライバー 輝きのタクト」でも見られた光景ですね。

あえて「ウテナ」にバリエーションを見出すなら、敵デュエリストたちの「心情」や「決意」が多彩に描かれていたり、敵デュエリストの本質が変わる(2クール目の黒薔薇編など)といったところでしょうか。

スタードライバーでいえば、フェーズが進み、敵が強化されたというような。プリキュアでも敵が強化され、普段の目的達成が困難になる、という展開はありますね。それを打開するのは新たなアイテムや新しい仲間、修行だったりします。

なので、けっきょく「敵を倒す」という構造は変わらないんですね。ほぼそのまま最後まで進みますし、ウテナは苦戦するもののほとんど無敗ですし、敵デュエリストがクローズアップされた回などは、その敵デュエリストを倒すためだけに登場するようなこともあって、一種の舞台装置と化していたところもあります。

「敵を倒すこと」は問題の解決ではありますが、その様式美のような流れを見ていると、「敵を倒せるかどうか」でハラハラはできないでしょう。「どうせ勝つんだろうなぁ」という感想も出てくるかもしれません。しかしそれは、制作側も、「倒せるかどうかハラハラさせる」ことは大事ではないし、重要視していないだろうとわかります。つまり、決闘シーンは「決闘の行方」を見守るというよりは、決闘に至った敵デュエリストの心情、それによるウテナの揺らぎ、そして現状維持できたという事実が大事なんでしょうね。


【「ウテナ」という作品】
模範的な勧善懲悪作品のように快勝していくウテナ。しかし敵の心情や決意なども語られ、そもそも勧善懲悪ものとしては作用していません。水戸黄門のように、敵をひれ伏させる快感があるわけではありません。

このように、エンターテインメントの基本からは外れているのも、「ウテナ」の特徴だと思います(一応、毎回問題を解決するという基本構造はおさえてますが)。

そして、「敵を倒すこと」がそれほど大事ではないとなったとき、この作品は「ウテナとアンシーの物語」、いえ、もっと踏み込んでいえば「アンシーの物語」となるでしょう。「少女革命ウテナ」というタイトルも、あのラストを見ればしっくりときます。

もし、最終回までのすべてを踏まえたうえで、この作品が抱えていた「問題の解決」または「目的の達成」を述べるなら、「姫宮アンシーを革命すること」だったでしょう。ただアンシーを守るためじゃなく、そのためにウテナは戦っていた。そう考えればエンターテインメントとしては実に王道です。

ただ、それを「隠していた」うえに、本当にそうなのかは、作中でも明言されていません。作品側が「これが答えだ!」とわかりやすい形では表現していないんですね。この作品の目的は何で、どういう問題があって、ラストはどうやって解決されたのか? そこを視聴者に投げかけているからこそ、考察サイトなどで色々な意見が出る作品になったのでしょう。

エンタメとしては邪道、結論を回避している、投げっぱなし・・・色々な意見も、今まで散々出つくしたことでしょう。しかし、逆をいえば、ここまで「視聴者と向き合っている」アニメも、あまりないのではないでしょうか。アニメだけで完結せず、見ている人たちに訴えかけているというのは、スタッフさんや監督さんの強い熱意を感じられました。


【絵について】
絵に関しては、セル画の動きや美しさ、迫力が楽しめて、便利になった今の時代では出せない個性があります。当時の最高峰クラスといってもいいんじゃないでしょうか(話によっては総集編や絵の崩れた回もありますが)。

演出も個性的でした。薔薇のアイコンが画面上をくるくる回ったり、ストップウォッチを押して喋るキャラクターだったり、地面から生えてくる車だったり。この奇抜な演出は今なお光り輝いていますし、平凡なアニメに飽きてしまった人などは、とても新鮮な気持ちで見ることができるでしょう。「ウテナ」を見たことがない、という条件つきですが。

セーラームーン監督の佐藤順一さんや、のちのサマーウォーズなどを監督した細井守さん(橋本カツヨ名義)など、凄腕アニメーターが多く参加し、そのすごさはOPやバンクシーン、戦闘シーン、上記の演出などで垣間見ることができます。のちのシャフトさんに受け継がれた演出の根本でもありますから、同スタジオのアニメ(化物語、まどか☆マギカなど)が好きな人も、楽しむことができるんじゃないでしょうか。

【楽曲について】
曲に関しても、「ウテナらしい」奇抜な挿入歌が多く、その「らしさ」が出ているのはすごいです。アニメソングはそのアニメを表現しますが(ドラゴンボールやマジンガーZなど)、「ウテナ」の場合は、OP、ED、挿入歌すべてがウテナを表現する大事な要素になっています。演劇チックな演出が多いこともあって、その挿入歌が特に映えたのではないでしょうか。全体的に宝塚っぽさはありますが。

絵、音楽、声優さんの演技、そして「世界を革命するしかないでしょう」などの個性的な台詞、すべてが「ウテナらしさ」となっていますし、ここまで完成度が高く「ひとつの世界」を構築したのは、やはり監督の幾原さんのなせるワザなんでしょうね。

【総評】
基本構造がつまらない、絵が合わないなど、色んな理由によって、この「ウテナ」がキライな人は、当然のようにいるでしょう。これはアニメを見るというより、「少女革命ウテナという世界に触れる」といった感覚で見た方がよいはずです。そして、この作品の「問題と、その解決方法」または「目的と、その達成」がどういうことだったのかを考える。それこそがこのアニメの楽しみ方に他なりませんし、だからこそ、エンターテインメントとはちょっと違うといえます。

だからといって、それがツマラナイということにはなりません。ただし、称賛は得にくいでしょう。でも、スタッフさんや幾原監督は、別に称賛や名声が欲しくてこの作品を作ったようには思えません。見てもらって、どういうことだったのかを、視聴者に考えてほしい。そして、あわよくば、自分たちの狙いどおりのことが伝わっていれば嬉しい、といった感覚でしょう。これは幾原監督の次作である「輪るピングドラム」のときにも言ってました。

わかりやすいエンターテインメントではないですが、実際にこうやって、楽しめている人がいる以上、この作品もちゃんとエンターテインメントしていたのかもしれません。ただ、わかりやすいテンプレート(定型)には分類されないので、さしずめ「ウテナ型」や「幾原型」と呼ばないといけないでしょうけど(苦笑)。定義するなら、「目的や問題、その解決方法を抽象的に表現し、視聴者に委ねる」といったところでしょうか。

アニメとしては革新的、いや、それこそ革命的な試みをした作品であることは、間違いないでしょう。それゆえに万人受けはせず、批判もあるかもしれませんが、だからこその「ウテナ」なんじゃないかとも思いますね。こういう作品に触れられて、しかも楽しめたのは幸運だったと思います。

「ピングドラム」も面白かったですが、考察はしていませんからまだまだ理解が深まっていないところです。けっこう前に「ピングドラム」関係の新展開が示唆されていた気がしますから、また幾原監督の次の作品が見たいですね。
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予定調和を壊してお約束に至る
ニコニコ動画とは関係なくウテナを見始めたところに、itimonjiさんが取り上げたので大変驚きました。

濃い作品とは聞いていましたが、予想の上をいく濃さに驚かされました。特に第三部の意味のない男どもの露出には参った(笑)

精神的に不安定な思春期の少年少女が抱く性的妄想に正面から取り組んだ作品なのかなと思いました。しかし終盤はそれよりもっと大きな、人間が持っている「物語」という枠(お約束)へ挑戦が見られた意欲的な作品だったと思います。

私はウテナを見て交響詩編エウレカセブンを思いだしました。あれは古今東西の物語を徹底的に読み込んで、とことん王道のお約束を抽出した構成になっていました。

ウテナは逆に物語の中心にいるべき王子様がぐれたらどうなるかというお約束を裏返した作品ですよね。ヒロインが王子様をしているし、結末もお姫様が王子様から自立して終わり。

世界の扉が開かないことに返って安心したような昭雄の表情と、ウテナによって扉が開こうとした時に彼が見せる恐怖の表情が実に意義深いと思いました。彼は世界の扉を開くつもりは無いということなのだと思います。

プリンセスチュチュなんかも、佐藤順一先生なりのウテナへの返答かもしれません。あれも物語世界の中の登場人物がお約束に反抗しようとし、世界がそれを押しつぶしにくる。

ウテナは各和は徹底的なお約束展開の連続で、しかし物語全体としてはお約束を崩す結末に向かって突き進んでいく、結末は予定調和を壊すのだけれど、最終的には主人公の目的は達成されるので、その点では約束を守っているという非常にひねた作りだと思いました。
2013/08/19(月) 21:23:10 | URL | セラフィー #oWGK8OJE [ 編集 ]
Re: 予定調和を壊してお約束に至る
セラフィーさん、コメントありがとうございます! まさか、わたしもこのタイミングで「ウテナ」で語り合うとは思わず、ちょっと驚いております(笑)。

お約束の破壊というのもまた、「ウテナ」を見て感じる真実でしょう。

お約束の連続、破壊、そして結末。そう感じるのは、「ウテナ」のストーリーラインはけっこう王道だからでしょうね。簡単にいえば「ウテナがアンシーという少女を解放する」だけの作品ですから。それを語るだけなら3クールもいらなかったはずです。

ならば、なぜ3クールも要したのか? 途中のすっとぼけたギャグ回はなんだったのか? 影絵少女とは? 非現実的な演出の数々は? アンシーやウテナの過去回想の意味は? 棺桶に入っているウテナとアンシーの意味は? 最後にウテナはどこへいってしまったのか?

深読みかもしれませんが、そこまで踏みこんで考えるのも、とても楽しいと思います。明らかに意味の通らない場面、意味が不明な場面などがありますし、そこに意味を見出そうとすれば、「挑戦的な作品」という感想だけではもったいないくらい、示唆に富んだ映像が含まれていると思います。ただ奇抜な映像を作ったなんて、幾原監督がそんな浅いものを作るはずがない! みたいな信者並の感覚です(苦笑)。

考察はされ尽くしているのでしないつもりでしたが、端的にここで語らせてもらうなら、ウテナとはアンシーが生み出した王子様像だったのではないのでしょうか。でなければ、ディオスという、王子様的行動をまっとうできずにアンシーを苦しめてしまった男に憧れるウテナの思考回路が理解できなくなります。

そして、ウテナがどこかバカでノーテンキでおこちゃまっぽいのは、王子様は「無垢」である必要があり、世界の果てである昭雄との関係でウテナが王子様でなくなったのは、純潔が奪われたとか大人になったとかそういうのではなく、彼が「世界の果て=物事の終末」の権化だからでしょう。ディオスは無垢ではなくなったことで王子様ではなくなり、世界の果てとなっていたのです。

だいたいの教訓じみたアニメは、「アニメという虚構から脱出しよう!」というテーマがあったりするものです。あのエヴァンゲリオンもそんな感じでしたが、それに対して「ウテナ」は、最後にはアンシーの革命を終えていなくなったウテナを探す旅(?)に出ます。それは、再び虚構を追い求めている行為に見えました。多重人格とか精神分裂病といった安直な結末ではなく、自分が生み出した虚構、そして自分のために消えてしまった虚構を追い求める、そしてこの作品内も「アニメ的演出」という虚構まみれ・・・虚構(妄想、幻想、夢、希望)に対しての考え方を、わたしは教えられている気がしましたね。

それこそ、ここまでの考察は信者の深読み以外のなにものでもないでしょうけど、するだけならタダですからね(苦笑)。虚構サイコー、深読みオッケー! っていうスタンスだったのかもしれません、「ウテナ」という作品は(苦笑)。ですが、最終回のサブタイトル「いつか一緒に輝いて」や、最後のスタッフさんたちのメッセージ「この薔薇があたなに届きますように」というのを見ると、とても軽い作品とは思えませんでした。監督、スタッフさんが魂こめて作っているように感じましたね。

プリンセスチュチュに関しては名前を知るのみで視聴したことがなく、セラフィーさんの言葉を聞いて、見てみたくなりました。監督が佐藤順一さんというのもそうですが、キャラクターデザインが伊藤郁子さんというのも、個人的にはポイント高いです。セーラームーンコンビですね。

セラフィーさんの感想で、これまた、ウテナは「見る人によって感想が違う」ということを実感させられました。きっと見た人によって同じ感想になることはめったにないでしょうし、それがウテナの魅力なんでしょうね。貴重な意見交換ができてよかったです。

とりあえず当面は、プリンセスチュチュと、ウテナの劇場版が見てみたいところです(どちらも未見なので)。なんて思っていると、ニコニコ動画で一挙放送してくれることがあるので本当にありがたい。佐藤順一さんの新作を記念して、何かしら放送してくれると嬉しいなぁ。でも、そうそう都合よくあるとは思えませんし、近場にレンタルがあれば、借りて見てみることにします。
2013/08/21(水) 12:24:16 | URL | itimonji #- [ 編集 ]
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