寄り道ブログ
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TVアニメ ドキドキ!プリキュア #47 「キュアハートの決意!まもりたい約束!」 感想
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 最終決戦・前編!
 キングジコチューの巨大感がいかんなく表現されていて、太刀打ちできない威圧感がありますが、しかし怒涛の「愛」によりかなりグラグラしちゃってます。どうなる最終決戦!

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 キングジコチュー進撃で幕を閉じた前回だったので、当然、今回はその続きからということに。
 世間一般にキングジコチューの存在が広く知れ渡ってしまい、これから世間が、世界がどうなるのかというところに注目です。親バレ、友達バレというイベントがあるのはプリキュアの常ですが、世界バレという大きな事態はあまりないのではないでしょうか。

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 レジーナのことを気にかける(?)イーラ。どうやらレジーナのプシュケーは萎え萎えにしょぼくれているらしいですが、そこにはちょっと疑問が生まれますね。レジーナは本心からキングジコチュー側についていたと思いましたが、そうではないようです。
 前回の「世界より愛されているなら、裏切れるわけない」というのは本心でしょうけど、それは状況的にそう選択せざるを得なかっただけで、もう一方の本心ではマナたちを選びたかったんですね。レジーナも、アン王女のように二つの選択で揺れ動いているようです。

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 巨大な敵と、それに立ち向かうという構図がすごくかっこいい。
 キングジコチューは、今までプリキュアシリーズに登場した敵では、それほど巨大というわけじゃないように思うのですが、なぜだかとても「巨大感」があるんですよね。巨大さを表現する演出がとても冴えていると言えばいいでしょうか。

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 ジコチューの大群(トランプ王国民)を攻撃で一層していくのは清々しいですね。エースショットが通過した後に大量浄化するシーンもかっこいいです。でも、なぜソードはスパークルソードだったんだろうか・・・。単純にアイテムを満遍なく使っただけかもしれませんが、当たらない・効かないことに定評のあるスパークルソードを使うところに、なんだか狙っている感じがして面白いです。ソードはスパークルソードがお気に入りになのかな?

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 本格的に世界がキングジコチューやプリキュアの存在を知ることになりました。そして、避難している場面をこうも堂々と見せるというのは、震災以降慎重になっていたはずのニチアサではけっこう挑戦的かもしれません。でも、そういう描写を避けることが応援になるとは限りませんし、あえて描写することこそ、日本へのエールになると思いますしね。戦争の悲惨さはホームドラマではなく戦争モノでしか語れませんからね(やり方によってはホームドラマでも語れるかな・・・)。
 色んな人たちの現在が描かれますが、ありすママが初登場したり、六花パパは外国すぎてけっこう安全そうだったり、色々と面白いシーンでした。面白がっている場合ではありませんが。

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 まるで記憶まで消去されているんじゃないかというプリキュアやジコチューのスルーっぷりでしたが、ちゃんとみんなは覚えていたんですね。本当、四葉財閥がどういう口封じを行ったのか知りたいですし、プリキュアのことを友達と話題にも出さず黙っている彼らの状況を、ちょっと見てみたかったですね。

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 ベールの足止めのために留まるキュアソード。というかこんなときにもかかわらず「ベールさん」呼びのキュアハートが律儀で彼女らしいですね。そもそも敵を敵だと思っていない節がありますから、彼女が人を呼び捨てにするときは、きっと敵だと認識したときではなく、「親しい仲間」と認めたときでしょうね。レジーナ、六花、ありすと・・・。あれ、ということはまこぴーや亜久里ちゃんは?(冷や汗)

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 イーラ登場の際に犠牲(?)になったジコチューのその後が気になります・・・。浄化はないにしても、ジコチュー化強制解除ビームみたいな感じで、プシュケーは無傷で宿主へ戻したりできるんでしょうかね。そうでなくても、一定のダメージを負うとジコチュー化が解除されるとか?
 イーラがダイヤモンドの前に登場したのは、明らかに以前の出会いが因縁となっているように見えますし、彼女にこれ以上進まれると、それこそキングジコチューと戦ってしまうことになり、それを避けたいためにイーラが出てきたようにも見えます。イーラなりの気遣いですね。
「前にもこんなことあったわね」「覚えてない」「そう?残念」のやりとりがすごくいい。もはや夫婦みたいな阿吽の呼吸でしたし、ダイヤモンドの「残念」が、ぜんぜん残念そうじゃないというか、そういう答えを予想していたかのような諦めた声色なのが、お互いを知り尽くしている感が出ていてよかったです。
「お前だけは倒してやる」という台詞に、素直になれない(素直になれる状況じゃない?)イーラの最大限の思いやりを感じましたが、それを拒絶するダイヤモンドの「私は倒せない」という返答がいいですね。倒す倒さない以上の言葉が、このやり取りには含まれていました。でも最後の「ダイヤモンドは傷つかない」は、一瞬ジョジョか?と思ってしまうジョジョラーな私でした。どうやら六花のキャラソンにも似たような歌詞があるらしいですが・・・。

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 ソードと残ったロゼッタですが、何気にこの場所の残留組は剣と盾なんですね。珍しい組み合わせだ・・・。
 カッチカチという当初は謎だったワードを、ここで絆などにあてはめて使用したのはいい台詞回しでした。というか、今回は名言ラッシュというか、珍言ラッシュというか、いい台詞が多かった印象です。でも、やはりカッチカチを最初に聞いたときと同じく、カッチカチだのガッチガチだのという台詞は、ちょっと如何わしいと思ってしまうのは、私が不純なことを連想しちゃうからでしょうか。

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 こちらは空中戦のソードVSベール。かわされたり手を止められたりするキュアソードの不甲斐なさにちょっと微笑ましくなり、また「断ち切るのは弱さ!」などと言い出したときは、どうしちゃったのかと不安になりますが、この心を決めたにも関わらずそれが似合っていない感じがするのは、キュアソードのチャームポイントでしょうね。なぜか、彼女はかっこつけても決まらないし、それが愛らしいんですよね。

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 キングジコチューの麓(オイ)からずいーっと上昇すると、そこにレジーナが。
 本当、常々言っていることですが、レジーナに槍を持たせてくれた監督、脚本、その他スタッフさんに感謝です。このシーンなんかも、槍があることですごくかっこいいですし、画面のバランスも最高です。いい大物っぽさが出ています。
「お父さんに会いに行く」という約束のことを、すっかり忘れていましたが、「今がそのときだよ」と言ったキュアハートに惚れます。いえ、惚れ直しますね。どんなときだろうと、状況を冷静かつ正確に見極めているのがすごい。そして、依然したであろう約束をちゃんと覚えていて、こんなときだろうとそれを果たそうとする姿勢もすごいです。もう、本編通して何回惚れ直せばいいんだというくらい、キュアハートには心を奪われていますね。

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「キングジコチューさーん!」
「やかましいわー!」
 いわゆる「大声キャラ」なキュアハートなので、叫ぶシーンも多いですし、実際それがけっこうキンキンしていてやかましいと感じることはありますが、それをキングジコチューが正面きって言うと、なんだか面白いギャグになっちゃってましたね。それに巨大である以上キングジコチューの声のボリュームも大きいはずで、「お前もやかましいよ」という自虐(?)ギャグにもなっているのがまた面白い。

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 遠くからキングジコチューを映すカットと、手に追われるキュアハートのカット、再び遠くからのカットを映すことで、キングジコチューの巨大感を表現していたのがおったまげました。
 キングジコチューにとってはわずかな運動のように手をちょっと振るだけで、キュアハートは必死に避けねばならず、周囲には暴風が生まれる。このサイズ差だけでなく「質量差」まで感じられる表現が実にリアリティがあっていいですね。

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 すかさず踏みつけ攻撃にてプリキュア終了。レジーナは見下してすべてが終わったと結論づけますが、そんなことで終わるプリキュアではありません!
 今回、前半の作画が非常に可愛い上に、いつもと違う感じの絵でしたね。ありすのお花屋さん回と同じ布陣だったようです。後半は安定の河野さんでした。

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 踏みつけられたプリキュアたちが踏ん張っていたところを映すシーンも、キングジコチューの足の大きさなどを感じるいい表現でした。
 そして、本作ではやたらと登場している気がするこの「重いものを持ち上げる」構図ですが、これはプリキュアの「絶対に諦めない」と「大切な何かを守る」ということを表現するいい手法として、スタッフさんは多様しているようです。そして、多様されることでそのことに気づく私・・・。
 シリーズ恒例ということもありますが、「プリキュア」らしい構図を多様することで、ドキプリの「プリキュアっぽさ」がグングン増していく気がしますし、段階を経て描写することで、成長やパワーアップも表現できるいい手法ですね。なにせ、すさまじい巨大感を発しているラスボスの足すら止めてしまうんですからね。でも、その必死そうな表情はちょっと笑ってしまいます。そして可愛い。
 このシーンを見て、ふと子供の頃にアリを踏みつけたことを思い出しました。正確にはアリじゃなかったかもしれませんが、とにかく小さい虫を子供ながらに踏みつけて、しかし虫が死んでなかったときのことを思い出しました。そのときは「地面か靴底の隙間にでももぐって助かったんだろう」と思いましたが、このプリキュアたちのように踏ん張って耐えていたと想像すると、ちょっと虫たちへの見方が変わりますね。それくらいの恐怖というか認識の変更を、キングジコチューは余儀なくされたことでしょう。「そんなちっぽけな力で~」というのは、キングジコチューなりの動揺と、プリキュアを認めたくないという一心から出た言葉かもしれません。

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 トランプ王国民は恐怖で一気にジコチュー化が進みましたが、これだけを聞くと、「トランプ王国民って・・・」と思わずにはいられません。実際、このときのことが初めて明かされたとき、私はそう思いましたからね。
 でも、今はこのときの状況に、さらに「王様がキングジコチュー化した」という追加情報が付加されていますし、それを王国民が知り、「王様に見捨てられた」と一人残らず自覚していたなら、ジコチュー化しやすい土壌はできていたといえます。そういう意味でも「キングジコチューの出現」は世界をあっという間に滅ぼせるんでしょうね。
 そういう意味では、人間世界の偉い人がキングジコチュー化したのではなく、向こうからこうやって侵攻してきたのは、キングジコチューの世界滅亡方法としては、ちょっと弱いかもしれません。これでは人間たちは「他世界からの侵略」という認識をしてしまいますし、「人類の上層部が裏切り」という構図でない以上、トランプ王国の二の舞にはならないでしょうね。もちろん、それでも心が弱い人はいますし、そういった人はジコチュー化してしまうかもしれませんが・・・。
 そう書いて、いわゆる定期的にはやる「世界滅亡説」みたいなものの正体がわかった気がします。人の不安を煽り、色んな商品を交わせたり色んな行動に駆り立てたりするのは、いわゆるちょっと小さな「キングジコチュー」に他ならず、それを笑い話としてスルーできる人もいれば、マジに受け取って色々と行動してしまう人もいるでしょう。信じちゃう人は純粋とも言えますが、この世には、実はキングジコチューなことが溢れているのかもしれません。

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 そんな渦中に叩きこまれた人間界ですが、それでもキュアハートは、人々の愛ある行動を信じています。これは、あまり愛国者っぽくなるので言いたくないですけど、日本だからこそ描ける内容かもしれませんね。
 震災で厳しいときだからこそ助け合ったり、暴動が起きなかったり、オンラインゲーム内でもちゃんと並んだりという、日本人特有の「行儀よさ」と「右にならえ」精神を愛と呼ぶのなら、日本人は最適でしょう。
 そこに愛があるかは不明ですし、私はないんじゃないかなぁと思うこともしばしばですが、でも、結果的に良いことに結びつくなら、それもまた愛かもしれません。

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 さすが愛弟子ならぬマナ弟子の純くん。彼や、彼に駆けつけた二階堂くんなんかは、愛のある行動だと思いますが、そこにつられた一般人に愛があったかはわかりません。日本人特有の「異端を嫌う」習性で、自分だけ逃げることが億劫になったんじゃないかと思いますが、それを「愛の伝播」だと考えれば、確かにそうかもしれません。日本人の習性をかなり好意的に解釈していますけど(笑)。
 しかし、日本人ですからその習性を愛さないといけないでしょうし、否定的に描かれるよりは好意的に描いてもらえたことがよかったですね。それに、悪い方向に働くこともあるこの習性ですが、作中でいい方向に働いていましたし、悪いことばかりじゃないですからね、右にならえ精神は。それに、最初の純くんの行動がなければ、ならうための右が存在しないことになりますし、やはり彼のような愛を持った行動が必要なことに変わりはありません。そこで純くんや、今まで登場した人々が描かれると、今までの話が無駄じゃなかったという感じでまとまって非常にいい展開になっていました。

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 愛の鼓動が聞こえる・・・。
 このシーン、かなりグッとくるものがありました。今までやってきたことが報われる、というシーンにどうやら私は弱いようです。劇場版まどかでもそれで泣きましたし・・・。

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 エルちゃんやお婆様、秋さん、京田さんにかるたクイーンなど、今までの登場人物が出てきてくれたことも嬉しいですが、なによりみんなの「緊急時の行動」が見れたことがこのシーンのいいところでしょう。
 ドキドキプリキュアは、サブキャラクターもすごく大事にされているので、登場頻度自体は多かったですが、それは「その他大勢と同じように被害を受けている」というシーンだったりで、それだとただのファンサービスでしかありません。こうやって、彼らの行動を見せてくれることで、彼らに芽生えた愛、彼らが持っている愛を知ることができますし、それこそこのシーンの真意でしょう。
 でも、かるたクイーンが親衛隊長さんに惚れちゃっているようですが、これはどうなんだろう・・・。むしろお相手が、まこぴーしか眼中になさそうなんですけど。というか、抱きかかえられているかるたクイーンがちょっと小柄に見えて、なんだかすごく可愛らしいです。

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 キングジコチューの荷電粒子砲にて中折れしてしまった(オイ)ヨツバタワーで戦うキュアハートVSレジーナ。遠距離攻撃が充実していて見ていて飽きないレジーナの攻撃ですが、防戦一方だとそりゃあすぐ追い詰められちゃいます。
 このシーン、壊れたタワーのところですが、黒煙や瓦礫で、なんだか戦場のように見えてしまいます。実際の戦場で知り合いと出会ってしまったときのような、そういう境遇さえも、ドキドキプリキュアは語ろうとしているのかもしれません。
 キュアハートは「友達との約束は破れない」「戦わない」を断固として貫きますが、実際そうもいかないのが本当の戦場でしょう。命令を受けることで罪悪感が減らされ、なおかつ極限状態で殺さなきゃ死ぬ状況で、友情などを大切にしている暇はないはずです。だからこそ、キュアハートはそれでも「愛」を信じ、「愛」のために不戦を貫くんでしょうね。なんだか、いずれ死ぬときも「愛」のために死にそうな気がして、キュアハートには安心感と一緒にハラハラ感もありますね。六花はいつもこんな風にハラハラしていたんだろうなぁ・・・。

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 レジーナはやっぱりマナも好きでした。「マナも好き」と言ったところが発音のせいか「ママも好き」と聞こえましたが、母親が早くからいなくなっていたアン王女にとって、マナは大きな愛を与えてくれた人ですし、ある意味ママみたいな存在なのかもしれませんね。この状況というのは、離婚した夫婦のどちらについていくかで葛藤している子供のような構図にも見えます。「どちらも好きで選べない」というのは、本当、究極の選択なんですね。
 キングジコチューにはむかったことで槍が覚醒したように見えましたが、どちらかというと正義の心に反応したというより、「自分に素直になった」ことが大事だったように見えます。このときのレジーナは決意もへったくれもなく、「どちらかなんて選べない!」という曖昧な状況ですからね。でも自分の気持ちに素直なはずですし、それが槍からすれば「グッド!」だったのでしょう。レジーナはアン王女のプシュケーのうち、「ジコチュー」側の化身ですし、こういう「迷う」ことこそ彼女の本質なのかもしれません。

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 お父さんに交際を認めてもらおうとする娘の図みたいでしたけど、その行きすぎた表現をしてこそ「愛」を真剣に、真摯に表現しているように思います。
 プシュケーを「萎れてる」とか「ピチピチのプルプル」なんて表現をするのは今回がはじめてでしたが、そういう判別方法もあったんですね。善悪や、愛とジコチュー以外にも、心には方向性があるのかもしれません。本意かそうでないか、みたいな。

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 キングジコチューへの皆の訴えで、何度もハッとするキュアエース。彼女だけはずっと「打倒キングジコチュー」を貫いていたようですが、皆の訴えが、キュアエースにも響いていたようですね。
 彼女が折れること、いえ、彼女が戦闘意欲を失うことこそ、愛の肯定に他ならず、それが大事な要素でもあったのでしょう。キュアエースがキングジコチューを愛する。それは、レジーナがキングジコチューを愛するより、遠く険しい道のりのはずで、それが達成できた以上、もう彼女たちにできないことはないかもしれません。というくらい、これは大事だったことでしょう。
 容姿が似ているからこそ、アン王女がフラッシュバックする演出も映えますし、それが起こるのもキュアエース相手じゃないといけないですから、このシーンのため、彼女たちは今まで頑張ってきたと言えそうです。

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 それが! それが! それが!
 なぜだか三回くらい繰り返したこの台詞もそうですが、「愛などいらぬ!」と某聖帝ばりに愛を否定するキングジコチューなど、ラストシーンはちょっと笑どころ満載という感じで忙しかったです。
 今回、台詞回しが面白かったのはもちろんですが、ちょっとパロディ気味だったのも気になりました。でも、印象的に残る台詞回しだったことは間違いないですし、プリキュア特有の説教臭さみたいなのが出ていないのがいいですね。説教臭さを軽減するために、芝居がかった、大げさで、誇張の激しい、そしてちょっと笑える表現にしているのかもしれません。そして、その方が私の好みかも。

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 特大のパンチをもらったところで次回ですが、なんだか最終回っぽいのにまだ話数があるんだとむしろ驚き。急展開かつテンポよい最終決戦ですが、意外とじっくり進むというか、まだまだやることがあるんですね。
 でも、キングジコチューにはヤミ(仮称)という本体がいますし、そっちと戦うということなら、1話余計に必要なのも納得です。次回予告の字幕と背景映像を見ると、なんだかキングジコチューがキュアソードみたいで笑ってしまいますが(苦笑)。
 プリキュア世界バレが起こってしまった今回ですが、次回はついに正体バレ(身内限定)も起こってしまうようで、このタイミングでバレが起こる(起こす)スタッフさんの意図が読めません。キュアハートの正体を知ることで、彼らの行動が変わってくるんでしょうか・・・。
 なんだかマナが死んでしまいそうな演出も意味深ですし、本当に愛のために殉職しそうなのが恐い。正体バレと同時に死亡・・・なんて、他の作品だとベタで王道ですが、それをまさかプリキュアではやりませんよね・・・?

 というわけで、ドキドキ!プリキュア感想でした。

 愛について語ってきたこの作品も、あとは親玉を倒すのみといったところでしょうか(まだトリオも残ってますが)。
 愛とは? ジコチューとは? けっきょく根源はプシュケーという一つ、というところに落ち着きそうですし、こうまで複雑になるのが心だということで決着しそうですが、それでは納得しない敵陣営がいますから、彼らをどう納得させるのかに期待しましょう。といっても、キングジコチューを倒すという力業しかないかもしれませんが・・・。
 最終決戦にしてはバトル少なめかもしれませんが、これほど「敵を説得」することに意義を見出していれば、説得展開が合理的だからいいですね。でも激しいラストバトルを見てみたいのもまた真理ですし、次回、キングジコチューとヤミがどうなるのか、そしていよいよ迫る最終回へ向けてどうなっていくのか、非常に胸が高鳴っております。
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