寄り道ブログ
寄り道な人生をしています。読んだ小説や、見た映画・アニメの感想などを投稿していきます。
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TVアニメ ドキドキ!プリキュア #49 「あなたに届け!マイスイートハート!」 感想
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 マナの、亜久里の、レジーナの・・・みんなの愛の物語が終わりを迎えました。
 これからも彼女たちの、そして私たちのプリキュアは続いていきますが、この胸のキュンキュンは、この作品でないと体感できなかったことでしょう。
 心から、ありがとうキュアハート! ありがとう、ドキドキプリキュア!

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 三日天下どころか三秒天下(くらい)だったベールさん。彼らしい情けない場面でしたが、まるで潰されるように小さくなっていくところと、イーラやマーモに助けを求めるところがマジっぽくて悲痛でした。そのカワイソウなのがベールさんらしくて笑えるところでもありますが、今回は本当にカワイソウでもありました。
 もう無理だ、とすぐに諦めたイーラがちょっと薄情でしたね。でも、止められないことを冷静に判断した結果かもしれません。それともラスボスにして最高の上司の光臨の方が大事で、ベールはその犠牲になったことを即座に判断したのでしょうか。

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 あらわれたプロトジコチュー。キングの次にプロトというと、なんだか格落ち感のあるネーミングですが、「試作品」ではなく「最初」や「原初」という意味合いなら、むしろ強そうに思えてきますね。というか、それで「プロト」という単語を持ってくるセンスが好きです。
 デザインは、ジコチュー細胞や、プリキュアではよくある影人間や泥人間みたいな感じですが、腕が六本あったり、お腹に口があるだけで、けっこう個性が出るものですね。お腹の口は、前回しぶとかった饒舌な細胞のヤツに見えます。
 目も上と下に赤い切れこみのようなものがあり、それも目だと考えると「困り顔」と「笑い顔」に見えてきます。額の赤い切れこみも含めると、合計七つの眼があるということでしょうかね。

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 無言で大丈夫だと訴えるマナの顔が凛々しすぎます。この顔を見れば絶対に大丈夫なんだと思ってしまいますね。
 生徒会長のために闘おうとする二階堂くんたちも頼もしいですが、さすがにその場のクレーターを前にして闘おうとするのは無謀というものです。セバスチャンが止めなかったらどうなっていたか・・・プシュケーを抜かれてプロトの一部になっていたかもしれませんね。

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 さぁみんなで出撃だというときに、レジーナも続きます。しかし、遠巻きの五人が「いたのか」みたいな表情なのがちょっと笑えます。
 高橋さん作画のときは、表情がちょっと固くなるように思うので、それが玉に瑕ですが、OPで見れる(三ω三)みたいな目や、このキョトンとした顔が見れるのはいいですね。この個性的な表情は高橋さん回でしか見られないでしょう。

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 最後の変身! でもバンクシーンはカットで、それだけ本編の密度に期待ができましたが、これはこれで寂しいものがありますね。最後くらい、ちょっと長めの変身シーンを見たかったものです。その分、長めに見れる回が貴重になるので、それはそれでいいんですけどね(どっちだよ)。
 あと、相変わらず最後まで、変身シーンの四分割には慣れなかった気がします。味気ないというか。だからといって、スマイルプリキュアみたいに淡いフレームになっていればいいのかというわけではなく、もちろんスイートプリキュアみたいに三人用、四人用のバンクがあると最高なんですが、せめてハートキャッチやフレッシュみたいに、うまく全員を混ぜこんだ変身シーンだとよかったですね。

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 巨大ビル連続投げが怒涛すぎて、避難が完了しているとはいえ、その後の被害を考えずにはいられません。プロトの圧倒的パワーを表現するためかもしれませんが、ちょっとビルがでかすぎるというか、これほどの、それこそ四葉タワーなみのビルがいくつもこの町にあったのかな、なんて思ってしまいました。

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 各人最後の見せ場とばかりに、恒例のバンクシーンなしの必殺技を使用していきますが、ロゼッタのリフレクションが、出したわりにはいまいち役に立ってたようには見えなかったのが残念でした。
 対してホーリーソードの強化は留まるところを知りませんね。これだと映画のアルティマソードを出すまでもなく、ホーリーソードがその域まで成長しているように見えます。ビルを前に構えるシーンもかっこいいですが、ぶったぎったビルがじわーっと開いていく演出もかっこいい。
 レジーナは覚醒槍(仮称)でビームを放ちます。ジコチューの大群を殲滅せしめたり、キングジコチューの一撃を相殺したりしましたが、それを上回るビームの連発は脅威ですね。劣勢もやむなしといったプロトの強さです。
 トゥインクルダイヤモンドもエースショットも効きませんでしたが、バンクなしトゥインクルはちょっと地味になっちゃいますね。逆にエースショットの派手さ・綺麗さたるや。エースショットはずっと安定して美しい攻撃だった印象です。ビームの色も、まとわりついている花びらもいい感じ。

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 ジャネジー!
 技名でさえなく、エネルギー源を叫ぶだけでこれだけの攻撃ができるのが面白くも恐ろしいシーンでしたが、前回キュアハートが名乗ったり叫んだりするだけで同じように愛の波動を振りましていましたから、言わばそれのジコチュー版だったのでしょうね。何かのオマージュを感じましたが、何かでなかったっけ・・・エネルギー源を叫びながら気迫で周囲を吹き飛ばすシーンが。
 やられたというのにどこかノンキなのが彼女たちらしいですね。決してお気楽なわけではなく、彼女たちのペースが乱されていないという証拠でしょう。勝てると確信しているようでもあります。実際、確信しているのかもしれませんね。何せ、彼女たちにはキュアハートがついていますから。

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 ええい、これでもくらえ! とばかりにロイヤルラブリーストレートフラッシュを繰り出しますが、これもプロトには効果なし。
 何気にロイヤルラブリーストレートフラッシュは登場回数が少なめでしたね。そのうえここで効かないとなると、なんだか不遇技の烙印を押されてしまいそうでかわいそうです。でも、登場が終盤でしたし仕方ないのかも。

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 プロトの強力な腹部ビームで、ビル投げなんて目じゃないくらいの甚大な被害が出てしまいました。街が跡形もなく消し飛んでいるんじゃないかと思える規模でしたし、彼らのいる山付近(夏祭りの神社?)あたりにまで被害がいっていることから、かなりの広範囲が焦土になったことでしょう。
 二階堂くんたちは見守るといってその場に居座りますが、すでにその山場も崩落しそうでしたし、戦闘の余波もバカにできませんから、もうちょっと離れた安全なところから応援して欲しかったですよね。セバスチャンは彼らから目を離して何をしているんだ・・・。守るべき人が多すぎて、見逃してしまったのでしょうかね。

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 ボロボロになり、プリキュアたちに妖精が語りかけます。このあたり、前回のみんなが応援するシーンみたいでいいですね。シャルルたちが、視聴者の声を代弁してくれているようです。
 ロゼッタやソードの倒れ方が、体を捻っていたり体勢が複雑だったりして、なんだかセクシーに見えます。芸術的というか、顔の向きや体の捻りが、色気と同時に芸術性を出している気がしますね。芸術とエロはやはり密接なのか・・・(オイ
 アイちゃんがもう完全にペラペラ喋りまくっているのが成長を実感できてしみじみとしますが、ちょっと流暢になってきたのが笑えてしまいます。喋り始めたばかりの子供の演技、というのはそうとう難しそうですね。

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「すぐに家族たちも~」と悪役らしい台詞を吐くプロトジコチューですが、そこがキュアハートの琴線に触れたようです。悪役が吐くよくある台詞の一つですが、同時に主人公たちを奮起させてしまう言葉でもありますからね。でも、そこで「何言っちゃってくれるかなぁ」という言い方が、実にマナらしくてイイ。

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 そこからはじまったキュアハートの力説とイメージ映像ですが、人間界に紛れてジコチューに振る舞うプロトジコチューがなかなか可愛らしい。そして信号無視や横入りといった、今までに出てきた(よね?)ジコチューを例に出すのもニクイですね。
 とてもシュールで笑える演出なんですが、平気で溶け込んでいるところを見ると、このときのプロトジコチューは本人ではなく、世間のどこかにいる「ジコチュー」を例に出しているんだとわかります。いわゆる某名探偵コナンの黒タイツ犯人みたいな感じで。
 そして、「他人がいないとジコチューに振る舞えない」というのは、トンチのきいた屁理屈みたいな理屈でしたけど、実際それは事実でしょうね。究極のジコチューというのは、それこそ「世界を自分の好きなように」という野望でしょうし、ジコチューというのは、つきつめれば破滅して自然消滅してしまう、それこそウイルスみたいなものなんでしょうね。
 対する「愛」は、どこまで行っても消滅することのない心の治療薬みたいなもので、それがあるから人間は幸せに生きていけるのかもしれません。

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 図星をさされて激昂し、キュアハートのプシュケーを抜きとるプロトさん。ウイルスなら自分たちの破滅の宿命は本能的に自覚しているものでしょうけど、それこそ「地球のウイルス」と称される人間でさえ、自分たちの破滅を認められないですから、このときのプロトジコチューは、そんな人間らしい感情だったと言えるでしょう。ジコチューというのは「悪い行動」や「自分勝手」などの代名詞かと思っていましたし、それは間違っていないでしょうけど、同時に「人間」を表現したものだったのかもしれません。
 キュアハートは集中攻撃でメッタメタにされ、特濃ジャネジーによってプシュケーを抜きとられてしまいます。生天目さんの叫び声がすごくよかったです(ゲス顔)。生天目さんは終始安定してマナを演じてくれて、叫び声や泣き声、猫撫で声、悲鳴なども非常に上手なのがよかったです。
 本作では宮本さん演じるまこぴーという新鮮な演技も聞くことができて、ボイス面でも非常に満足いく作品でした。

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 天使が墜落したような映像と巨星墜つ、という演出に絶望感が増しますね。今まで無敵をほこってきたキュアハートだからなおさらです。勝利を確信していたダイヤモンドたちも、このときばかりは危機感を持ったことでしょう。
 さすがラスボスといえますが、ここにきて主人公に試練が与えられたのが素晴らしい。なにせラスボス直々による精神攻撃ですからね。さて、ここからどうなるか・・・。

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 !?
 まさか究極のジャネジーさえ一瞬で浄化しつくし、しかもプシュケーのみで抵抗して元の体に戻るという離れ業をなしとげたキュアハート。「心配かけちゃったね」というものの、あまりに早く復活したものですから、心配する間もなかったように思います(苦笑)。
 マナの愛の大きさなればこそかもしれませんが、愛とジコチューはかなり似通っている部分がありますし、そのあたりの節度、分別のしっかりした指標を、マナは持っているということでしょう。善悪の基準や判断力のバランス感覚がいいというか。

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 キュアハートにプシュケーが戻ることで、プリキュアの胸に見えていたのがプシュケーなんだと今更ながらに気づかされましたし、そこからペロンと出てきた布キレ(?)がちょっと気になりました。わざわざその表現を描いたということは、プシュケー+布というのは何か大切な意味があるのかもしれません。
 そして、みんながハートに力を与えますが、このあたりのノリはプリキュア特有の勢いを感じますね。でもストレートフラッシュのときの「わたしたちの力をキュアハートの元に!」をここで聞けたのはいい使い方でした。台詞の再利用法がドキプリは本当に上手だ。
 プリキュア四人の胸(プシュケー)から出た光(愛?)を受け、さらに三種の神器も集まったところで、あ、これは絶対に強いと確信しましたね。なにせ、あれだけ強力な作用をいくつももった神器三つが、一人に集中するわけですから、強くないはずがないです。
 キュアハートに力を貸すところで、レジーナだけ何もないような気がしたので、槍を渡すシーンは微笑ましかったです。でも、すごい投げやりというか(槍だけに)、レジーナらしくお気楽そうに「はい、どーぞー」という感じだったのがよかったです。

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 強い、絶対に強い(黄金バット感)!
 プシュケーから仰々しい布(マント)があらわれ、名乗った白装束の彼女はキュアハート・パルテノンモード!
 パルテノン、という神殿みたいな名前に、珍妙さと斬新さを感じ、そもそもパルテノンってなんぞやということで調べてみると、やはり例の有名な建築物ばかりが出てきますが、その神殿の名前の由来までいくと、女神アテナなどにいきつきます。つまり「少女」や「処女」、「女神」という意味合いと見ていいでしょうね。
 そもそもプシュケーというネーミングがギリシャ神話からそのままきていますし、プシュケーが成長(進化?)した描写からも納得できるネーミングです。そして、後の岡田の語りを踏まえると、ここは「女神」というよりは「少女」という意味を採用したいところですね。でも、プリキュア的には「女神」という意味っぽいなぁ・・・(遠い目)。

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 強烈なパンチをやすやすと受け止め、その衝撃が背後の街をクレーターに化しました。強さの表現としては最高にかっこいいのですが、街はもう守れていないとかは言わない約束。もう住民の避難はできているから・・・(震え声)。
 プロトさんを地面に投げ、そこから地上戦へと移行しますが、六本ある腕から繰り出される怒涛の連続パンチを、やすやすとかわしていくハートがかっこよすぎます。しまいには六本同時のパンチを出すも、ハートは分身してかわすというさらに上をいった回避方法を見せてくれます。かっこよすぎて開いた口が戻らない・・・。

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 !!??
 気づいたときにはキュアハートが目の前でのけぞっていて、プロト的にも私的にも「なんだなんだ、何が起こるんだ」と思っていると、スラーっと足をあげ、その美しいおみ足や膝に見ほれていると、はるか上空へと蹴り上げられてしまいます。
 この一連のシーンの美しさたるや! 強さだけでなく美しさも同時に表現しているのが、彼女の「格上感」をこれ以上なく表現しています。雲を押しのけて飛んでったプロトジコチューを追う際の、羽を広げる動きなどもすごくかっこいい。

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 さらに、その追いかける速度があまりにも速いせいで、巻き起こった風だけでプロトジコチューを舞い上げてしまいます。キングほどじゃないにせよ、それなりに巨体なはずのプロトを、こうもやすやすと手玉にとるとは・・・!
 そして語りはじめるジョー岡田。本当、彼は面白い立ち位置に収まったなぁと実感します。ずっと意味深で、活躍しなくて、変な解説をしてくれる謎のお兄さん。ある意味で、その方向性はずっとブレなかったかもしれません(笑)。

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 岡田の解説をまるまる信用するのは危険かもしれませんが、もし真実だとすれば、タイミング的に、プロトジコチューが放った腹部ビームはビッグバンクラスの攻撃力だったと思われます。そして、そのビームを割るキュアハートのカカトは、それ以上の威力を持っているのでしょう。
 宇宙で宙返り(と言えるのだろうか)をするシーンも優雅で美しいですが、ライダーキックみたいな動きのカカト落としも、割れていくビームもすごくかっこいい。まるでモーセか何かみたいですね。
 しかし、岡田の解説が真実だとして、ビッグバンレベルのビームを割るカカト落としだとしたら、それをくらって原型をとどめているプロトジコチューも、プロトジコチューが激突して無事な地球も頑丈ですよね。ということは、やっぱりビッグバンうんぬんは岡田が適当にふかしただけなのでしょうか。岡田め適当なこと言いおって・・・(怒)。

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 舞い降りてくるキュアハートも美しいですしエロスです。
 なぜ、パルテノンモードがこれほど色気に満ちているのかと思ってよく見てみると、プシュケーから出たマントのせいで見えにくかったですが、通常時にあった肩口の袖がなくなっているんですね。それによって腋が露出しやすくなっていて、その「普段見えない部位が露出している」ところに色気を感じるのかもしれません。あとは、前述したような芸術的な動きが扇情的に見え、色気を感じるのでしょうね。
 プロトジコチューがキュアハートにエンプレスを重ねる演出がいいですね。単に姿がダブって見えるだけでなく、その後の「歴史は繰り返す」という話にスムーズに繋がってよかったです。

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 あなたに届け! マイスイートハート!
 サブタイトルにして初期必殺技を放つキュアハート。その規模の大きさたるや、まるで海一面を覆ったような範囲でした。でも、それならそれで、津波のように本当に海を覆うような演出が欲しかったところですね。まぁ、範囲の広さを誇るわけではないので、それは別にいいんですが、個人的な好みとしてそういう映像が欲しかったです。

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 わたしにだってジコチューなところはある、と告白するキュアハート。しかし、プシュケーが黒に染まらないところを見ると、そのジコチューも本人がそう思っているだけで、けっきょくは誰かのために何かをするという「愛」の行動なんでしょうね。
 両方をバランスよく併せ持つのが人間で、白血病のように、そのバランスが崩れてしまうとジコチューになってしまうのでしょう。
 その真理に気づかされ、「ラッ!?」と口走りそうになって口を押さえるシーンがシュールながら笑えてしまいました。プロトさんが吐き気を催していると思った人が多いようですが、このシーンで彼が口を押さえる理由がわかると、それはそれは面白いシーンですよね。こういうギャグセンスも本当に好きなシリーズでした。

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 ここで仲間がいることを強調したキュアハートですが、それは「世界を我がモノに!」といって孤立しそうになっていたプロトジコチューへの反論だったのでしょう。
 自分以外の人がいて、その人を思いやって、その人に思いやられることこそが愛なのでしょう。決して愛もジコチューも自己完結することはできず、他人がいてこその感情。他人がいる上で、自分本意か他人本意かというのがドキドキプリキュアの「愛ジコチュー二元論」の結末と言えるでしょう。初期に言われていたテーマの「献身」にも通じるかもしれません。「献身」は、それこそ自分ひとりではできないもので、他人のために頑張るという行為ですからね。
 この作品での「愛」をわかりやすく表現するなら、それは「献身」だと言えるでしょう。「ジコチュー」をそのように言いかえてみるなら・・・やはり「自分勝手」とか「我が侭」とか「利己的」とか、そういう感じでしょうか。

 プロトさんはその真理に気づかされ、ラブラブラーブと消えてしまいます。彼のウイルスとしての性質がもうちょっと悪質だったなら、誰の説得も受け入れず、それこそマナたちがいっているように「命燃え尽きるまで」ジコチューを貫いたのではないかと思うので、敵としてはなかなか話のわかる相手だったと言えるでしょう。もちろん、マナの説得(というか説法)がはるかに強大だったので、いわば強力なワクチンに対抗できなかったというべきか。
 時代は繰り返すと豪語していましたが、それも実は真理というか、彼らはきっと、これでも完全消滅したわけじゃないのでしょうね。いつだってジコチューたちは世界を支配しようと目論んでいて、今回のようにかなり大きく膨れ上がることもあるでしょうけど、そのたびにきっと人間は愛によって平和を取り戻す。それがドキドキプリキュアの伝えたかったことなんだと思います。

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 プロトジコチューが浄化され、大量のプシュケーが王国へと戻っていきます。こんだけのプシュケーのジコチューが集まってプロトを形作っていたんですね。
 プシュケーを見送るハートたちの構図が、以前のOPのラストカットの逆構図に見えてグッときました。映像変更前のOPのラストカットは、なんだか皆がどこかを見上げていてちょっとシュールを感じましたけど、きっとこの光景のような、希望の未来を見ていたのかもしれませんね。
 プシュケーがどこへ戻っているかは詳しく描写されずに残念でしたが、どこにいたのか、トランプ王国民が次々に目覚めていきます。そこらじゅうにジコチューはいましたけど、体が乗り捨てられていたわけではないですし、本当に彼らはどうやって元に戻ったんだろう・・・。今までの犠牲者みたいにプシュケーを抜かれたのではなく、体とプシュケーがまるごとジコチュー化していたんでしょうかね。

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「片付いたシャル」で本当に色んな被害を片付けてしまいましたが、天の光の謎はまだ残ったまま。そんなとき、アン王女のことで泣き出してしまうまこぴーですが、この反応がけっこう異質でしたね。国王様や岡田はもう乗り越えている感じですが、まこぴーだけは、アン王女の消滅を悲しんでいます。
 ちょっと面倒な子という感じもしますが、そりゃあまこぴーの執着具合はすごいものがありましたし、国王、岡田はアン王女の消滅を乗り越えるための「儀式」みたいな展開を経ていたとしても、まこぴーはまだふんぎりがついていませんからね。ある意味、彼女の感情をちゃんと読み取り、ここで悲しませる展開へ運んだのは見事でしょう。
 そこへあらわれたアン王女が、これまたご都合展開っぽさを感じさせますが、天の光っぽい登場の仕方であることから、今まで修復してくれていたのはアン王女だったのか? という仮説が成り立ちます。なにぶん、そこが厳密に言及されていないので、詳しいことはわかりませんが、ジコチューたちの人間界侵攻とアン王女消滅はほぼ同時期だったと言えますし、そのとき何らかの作用で天の光になっていたと考えられなくもありません。プシュケーを抜き出すなんてムチャをする破天荒な王女様ですから、天の光になるくらいどうってことなさそうです。

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 アン王女の亜久里ちゃんとレジーナを尊重してあげるシーンもいいですが、二人がアン王女へ今後の決意表明をするシーンもよかったです。命はアイちゃんに受け継がれていると伝えるところもまたいいですし、この一連のシーンは全部よかったですね。
「無理です!」とアン王女の喪失を悲しむまこぴーですが、そんな彼女を納得させるため、アイちゃんを持ち出すのはいい手法でした。まこぴーのような聞き分けの悪い子(コラ)にはいい現実の見せ方でしたし、アン王女を否定することは、同時に亜久里ちゃんやレジーナ、アイちゃんの否定になりますから、それこそ成長したまこぴーにできるはずもありません。
 アン王女の消滅と共にアイちゃんが目覚め、まこぴーのところへ寄ってくるところがすごくいい。アイちゃんとなって見守ってくれていることがよくわかるシーンでした。

 今思えば、最初アイちゃんにすごく惹かれていたまこぴーの図は、あれはアン王女に惹かれていたんでしょうね。当初からわかりきっていた(予想できていた)ことではありますが、こうやって物事を整理していくとき、改めてそうだったんだな、と納得できました。こりゃあ、もう一度一話から見直すと、さらに巧みな伏線などに気づけて面白そうです。
 しかし、「アンと呼んで」と言われたのにかたくなに「王女様!」と呼んでいたまこぴーには笑ってしまいます。意図的ではないでしょうから、きっと天然なんですね・・・わかりきっていることですが。

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 なぜネズミなのかは疑問でしたが、無事だったベールさん。
 そしてイーラ、マーモも生きていました。プロトジコチューが浄化されたからといって、すべてのジコチューが機能停止するのは、言われてみればおかしい話ですし、彼らと決着をつけていない以上、生きていても不思議じゃありません。
 でも、敵と決着をつけるというのもシリーズで見てきた光景ですから、こうやって普通に生き残っているのは不思議な感じですね。

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 彼らは眠りにつくとのことですが、一万年眠るということは、それくらいの周期を目処にプロトジコチュー(キングジコチュー?)は目覚め、人間たちにジコチューを押し付けるのでしょう。その試練に打ち勝てなければ、トランプ王国のように滅亡してしまうでしょうけど、ハートたちのように伝説の戦士がしっかり立ち向かえば、いえ、仮にプリキュアがいなくたって人間たちが今回のできごとを忘れていなければ、きっと前回、そして今回のように歴史は繰り返すはずです。

 イーラが六花との別れを惜しんでいるように見えましたが、過去のプリキュアがシルエットで登場したとき、キュアエンプレスの他にダイヤモンドっぽいのとロゼッタっぽいのがいたのを覚えています。もしかすると、イーラはかつて、そのダイヤモンドっぽい人に、同じように情を移したのかもしれません。そして、このシーンではその姿をダブらせていたように見えました。
 決着がつかず、また、彼らと別れてしまうのはちょっと寂しいですが、種族も違えば役目も違いますし、ジコチューたちはジコチューたちで、人間に「ジコチューとは?」を問いかけてくれるいい試験官なんだと思います。イーラのストーリーに関していえば、そんな時代をまたにかける試験官の、短い恋だったと言えそうです。
 ・・・書いていて、一万年前の話や、それこそ一万年後の話がとても気になってしまいました。

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 ジコチューたちとの静かな別れに浸りながら、ここからはエピローグ。
 ずっと登場しなかったありすの制服姿が見られたり、マナの後継という形で生徒会長になった純くんなど、直近の話が見れたのがよかったです。その後、世界に平穏が訪れたことがわかりますね。
 プリキュアの存在が周知になったことで、マナたちの生活はどう変わったのかといえば・・・?

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 そこへやってきたのは、同じ学校へ通うことになったレジーナ!
 校則を無視したりと、相変わらずジコチューに振る舞うのがいいですね。彼女はこうでなくっちゃ。レジーナがマナに抱きついたときの純くんの「ああ、もうダメだ」という感じの諦めた表情が面白い。

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 国王は引退して、マナ祖父と将棋に興じていました。シャルルもお茶運びをしたりと、完全に相田家に馴染んでいます。やはりシャルルは、普段は相田家にいるということでいいんでしょうかね。マナのパートナーですし。
 国王引退は、体のいい追放のようにも思いますが、いまさら王政を復活させるのは難しいでしょうし、これを機に方向転換したのはいい舵取りだったと思います。国王、王政などから解放されて、そのうえ娘が二人になったりして、今後の隠居生活が楽しそうで羨ましい・・・。
 そういえばこのシーンで思い出しましたが、OPでのセバスチャンとマナ祖父の絡みが、本編には一切登場しませんでしたね。OPだからイメージ映像、もしくは特別な環境だったのかもしれませんし、実は知り合いという明かされていない設定はありそうです。まぁ、どうしても見たいわけじゃないのでなくてもいいですが(笑)。

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 モモまんも久しぶりに登場! 六花は受験勉強に忙しい・・・って、マナはいいのか? さすがに勉強は六花の方ができたはずですが、目指す先が違うからなのか・・・。いつか話していた、「ずっと一緒にはいられない」ということかもしれません。
 でも、モモまんを食べていたり、百人一首にまだまだハマっていたりと、六花が変わったわけではないですし、変わらない以上、二人の関係が壊れることはないでしょう。

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 亜久里ちゃんは、どこぞのケーキ屋さんに就職できそうな腕前を見せています。エルちゃん以外とも仲良くなっているようですし、お婆様との関係も変わらず良好そう。
 そういえば、亜久里ちゃんは国王の娘だと判明しても、円家にいるんですね。そりゃあ、今までの生活を捨てる必要はないですし、お婆様との絆もありますからね。それに、国王も娘たちの幸せを無碍にする気はないでしょう。
 しかし、そうなると国王とお婆様に対面して欲しいですね。お互い、どういう反応をして、どういう言葉を交わすのか、非常に興味があります。もちろん、今回が最終話ですから、もう叶わぬ夢ではありますが・・・。

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 !?!?
 まさかとは思いましたが、キングジコチューが開けた穴が開通しっぱなしで、トランプ王国と共生していく展開になるとは思ってもいませんでした。マナがプリキュアのときに大々的に名乗ったのもそうですが、この「取り返しがつかない」感をなんとかしていっているのが、非常にリアルで真剣な描写だと思います。そりゃあ、記憶を消すとか亀裂を塞ぐとかもアリですけど、それはきっと「ご都合展開」なんでしょうね。
 もちろん、その「ご都合展開」が今までになかったかといえばそうではないですが、こういった部分をあえて残して描写しているのは、スタッフさんがそれを大事だと思っているからでしょう。他シリーズと差別化する意味もあるでしょうけど、この「人間は何とかして生きていく」というのは、プロトジコチューに説法したときのマナの言葉と「献身」というワードを思い出します。

 一人じゃジコチューでいられない、そして仲間がいるからこそ愛が生まれる。人がいるからこそ、どんな困難でも、何らかの方法で乗り越えていけるという暗示ではないでしょうか。だから、ドキドキプリキュアは、シリーズ屈指の登場人物の多さだったんじゃないかと思います。
 各メンバーの家族だけでなく、敵幹部も多め、王国民、各話で出会った人たち、生徒会、クラスメイト、クイーンに親衛隊に秋さんにエルちゃん・・・みんながいるから乗り越えられる。それが終盤や、この展開でよくわかるようになっていました。

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 ちゃっかりと大統領の座にいた岡田ですが、押し付けられたようにも見えるのは災難なところです。でも、いち騎士としては大躍進ですし、彼はアン王女と恋仲になったときから、ある意味成功ルートに入っていた人間なのかもしれません。逆玉成功か・・・。
 アイちゃんが座っているのが可愛らしいですが、なんだかお人形みたいなたたずまいには笑みがこぼれます。アイちゃんは岡田とずっと行動を共にしているようで、亜久里ちゃんは円家、レジーナは(元)国王と一緒に住んでいると見て間違いないのかな。

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 いつぞやの全自動クリーナーとかいう謎単語をここで拾ったりと、台詞の使い方だけでなく、今までのキャラクターや話を本当に大事にしてくれているのがよくわかります。長丁場の作品だからこそ、こういうことができるんですし、してくれると付き合ってきた視聴者としてはファンサービスしてもらっているみたいで非常に嬉しくなりますね。今まで見てきてよかったと心から思えるニクイ演出です。

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 この世界の人は一緒に歌おうとするから不思議、というまこぴーですが、受け取り用によっては「歌わないでほしい」と言っているようですね(苦笑)。
 しかし、そういう疑問を素直に口にするところが実にまこぴーらしいです。掃除さえできなかったまこぴーが、色々な疑問にぶつかって、こんなことを思えるようにまで成長したのが実に感慨深いです。まこぴーの成長が実感できるのも、今まで付き合ってきてよかったと思えるところですね。

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「もしもし、キュアハートです!」
 え!?!?!?
 マナの携帯(コミューンかな?)に直通でお偉い人から電話が入り、衛星の落下をなんとかしてほしいと頼まれます。なんだこれは・・・いったいどういうことなんだ・・・。
「また」といってましたし、こんなにピンポイントで歴史に残りそうな大惨事が起きて日本は大丈夫なんだろうか・・・(苦笑)。

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 マナたちは世間一般に認知されたプリキュアとして、超非常時には出動を依頼される正義の味方になっていたようです。まさに「職業:プリキュア」を地で行く展開ですね。なんだかアメコミチックな展開でもあります。
 正体を世間にバラし、ジコチューなる存在も世間にバレ、異世界と交易する状況になっているんですから、職業:プリキュアがあらわれても不思議じゃありません。むしろ、市民たちもすっかり慣れてしまっていることでしょう。

 総理大臣になる、という夢だったマナですが、その総理大臣から頼られる存在になっている、というのがマナという少女のスケールの大きさを感じますし、ある意味でビターな展開なのかもしれません。夢が叶うとは限らないけれど、それ以上に素晴らしい出来事にたどりつくことができる、というような。もちろん、マナならその後総理大臣になったかもしれませんが、それはまた別のお話・・・。
 そしてこの展開になったことで生まれたもう一つの疑問である、「何歳までプリキュアやるんだろう」という現実的な問題ですが、それはマナたち次第として、きっとこれからは、岡田が解説で言っていたように「女の子は誰でもプリキュアになれる」のではないでしょうか。実際、次回作がそういう設定らしいですし(うろ覚え)、ジコチューが増えたトランプ王国の逆みたいに、今後、人間界にはプリキュアが増えていくのかもしれません。
 それは愛の鼓動の拡大に他ならず、きっといい世界なんでしょうね。そうなると「女の子」と限定してしまったのが、解釈する上では対象を限定してしまっているので、ちょっと弊害になるかもしれませんが(苦笑)。

 パルテノンモード時なんかは「マナに出番が集中するなぁ」なんて思いましたが、ここまで見て、やはりこの作品は「亜久里ちゃんの物語」でも「レジーナの物語」でもなく、「マナの物語」だったんだなぁと実感します。このエピローグがないと、それが実感できたか不安ですし、エピローグをかなり描いていながら、さらにその未来が気になるという「余韻」が残されていたのもいい。

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 響け! 愛の鼓動! ドキドキプリキュア!
 全員で画面に入り、キュアハートはOPでのポーズをとってシメ! 出動シーンもそうですが、ここにレジーナが加わっているのがいいですね。ジコチューなところも含めて生きていくといういいエンドだったと思います。
 最後の「ドキドキ!プリキュア!」も、よく聞くとレジーナの声が聞こえて、レジーナがその台詞を言った(言ってくれた)ことがすごく嬉しく、そしておめでとうと喜んであげたくなります。やっと、彼女はマナたちの一員になれたんだなぁとしみじみ。
 本作は高橋さんキャラクターデザインということで、やはりスイートプリキュアを意識して見てしまいましたが、その作品に近い要素が多々あったように思います。メンバーに異世界人が多い、王様が敵、敵の存在を受け入れて前へ進む、最後に変身する・・・。特に「最後に変身する」は、スイートでもいいなと思えたところですが、女児からすると「敵はいないのになんで変身するの?」という疑問が、当事あったそうです。

 今回、スイートでうまくいかなかったところをやり直す形で作っていたんじゃないかなぁと思うところがしばしばあり、ここでの「最後の変身」も、職業としてやっているという理由付けができていたので、女児たちもきっと違和感はないでしょう。決してスイートを貶めるわけじゃないですが、その類似点たちが、何となく「スイートをさらに昇華させた」作品だったという印象を、ほんのちょっぴり私に植え付けていきました。
 もちろん、それ以上に「ドキドキ!プリキュアは最高に面白くて、終わるのが寂しい」という印象の方が強いですけどね。
 最終回そのものは、色々と詰め込まれていて満足いく内容でしたけど、終わってしまって寂しくて涙が出たという今までにない経験をしました。一年作品でも最後に「時間を返せ」と思うか「ありがとう」と言えるかはまるっきり違って、そこには作品の楽しさや面白さが密接に関わってくることでしょう。涙が出た、ということは、それ以上語らなくてもいいくらいの楽しい時間をもらえたということで、それだけで私は満足でした。最後の別れが寂しくて涙が出るって、経験したことなかったですけど、案外いいものなんですね・・・(しみじみ)。

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 恒例のエンドカードは、もちろん高橋さん描き下ろし! 初見のときは当然のように見ていましたが、改めて目を通すとプリキュア陣だけでなく、アイちゃんやレジーナ、妖精たちもちゃんと入っているのがすごくいいですね。
 キャラクターデザイン・エンドカードが恒例になってからでは、かつてない大所帯ではないかと思いますが、それもこの「仲間がいるから」というエンドにはピッタリですね。

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 最終回の余韻も冷めやらぬうちに、次回作ハピネスチャージプリキュアの予告が。まぁ次回予告の時間ですから仕方ありません。
 すでに何度もCMなどで見ているので、それほど新鮮味はない映像でしたが、当初ロゴが解禁されたときなどに思ったことは、今までみたいにロゴがプニプニした書式じゃないなぁということ。どことなく角ばっていてゴシック体のロイヤルな感じがして、それこそ王冠のマークもありますし、ロゴのロイヤル感というか高級感みたいなのは、今までにないなぁと思いました。

 予告の台詞で「お姫様だからプリンセス!」みたいに名乗る青キュアがいて、最初は大変仰々しい名前だなぁと思っていましたが、それこそドキプリのまこぴーみたいな、異世界人のお姫様なのかもしれません。そうすればプリンセスという名前や、ロゴのロイヤル感にも納得ですが、あまりお姫様っぽくないデザインなのはどうなんでしょう。
 そういう意味ではそもそもキャラクターデザインがちょっと首を傾げるところですが、そもそも「絵は重視しない」と常日頃から豪語している私ですから、作画やキャラクターデザインは関係なく見るでしょうね。それに、案外動かしやすい絵だったり、描く人によって差が出にくい馬越さんのようなデザインかもしれませんから、こればっかりははじまって数話見てみないとわからないでしょうね。
 十周年らしさが「冒頭に歴代プリキュアの絵が登場」だけでなく、それこそ某世界の破壊者みたいに、歴代プリキュアに変身できたりすると面白いなぁと思います。着替え要素があるわけですし、フォームチェンジが新しい要素としてありますから、歴代衣装や、歴代が憑依したような戦闘スタイルになると面白いですね。

 というわけで、ドキドキ!プリキュア感想でした。

 この一年間は、毎週日曜日が楽しみでした(土曜日もですが)。マナの強さに惚れこみ、六花の気持ちに共感し、ありすの行動に和み、まこぴーの抜けた部分に癒され、亜久里ちゃんの宿命に涙し、レジーナの苦悩に胸がしめつけられました。
 もう「いいところ探し」しかできない状態で、客観的かつ冷静な視点で感想が言えていない気がしますが、そこまで夢中にさせてくれたということが、私にとってはかなり珍しいことで、自分としても驚くくらい盲目的に、この作品を称賛しちゃってます。
 感想というものは、説得力を持たせるためには「悪い部分も挙げる」というのが手法としてありますが、それすら放棄したいくらい、今はドキドキプリキュアの大団円に浸っていたいです。
 一万年の眠りにつくイーラの気持ちはこんな感じなのかな・・・と今では思います。そして、歴史は繰り返すという言葉も同時に思い出しました。
 ドキドキプリキュアにまた会えるかどうかはまだわかりませんが、ひとまず直近ではオールスターズNS3で会えますし、今後もシリーズが続いていけば、ドキドキプリキュアくらい、もしくはそれ以上に楽しませてくれる作品に出会えるかもしれません。
 今はその期待を胸に秘め、ひとまず、大きな愛をもらったドキドキプリキュアと、仲間の大切さを教えてくれたマナたちと、この作品を生み出してくれた制作スタッフさんたちに、ラストカットやエンドカードへの返事を送りたいです。
 (;ω;)ノシ<こちらこそ、ありがとうございました!!!
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