寄り道ブログ
寄り道な人生をしています。読んだ小説や、見た映画・アニメの感想などを投稿していきます。
201705<<123456789101112131415161718192021222324252627282930>>201707
TVアニメ プリティーリズム・オールスターセレクション #10 「私の一番」 感想
AS10-09.jpg

 クライマックスの連続! 今回はディアマイフューチャーにて、若いスタァたちが、希望に溢れた物語を紡ぎます。
 友情や絆、チャレンジ、恋愛、スポコンなど、色んなものを表現するプリティーリズムですが、中でも「メッセージ性」が高いは、三作の中でもディアマイフューチャーが随一かもしれません。

AS10-01.jpgAS10-02.jpg
 前回ラストからプリパラ販促モードに移行したのか、今回冒頭もそちらの話題ばかりです。しかし、その空気さえ吹っ飛ばして、らぁらにレッスンするために話を進めるみあ先生はさすが。まぁ、自分の最大の見せ場でもあるから、いつも以上にやる気が出ていたのかもしれませんが(苦笑)。

AS10-03.jpgAS10-04.jpg
 謎パッチンは相変わらず謎な風景でしたが、彼の恩讐がスタァたち(というかグレイトフルシンフォニア)を掌握しているんでしょう。みあも、さすがにその恨みや執念の大きさ、そして一番になるということの本当の意味を突きつけられ、涙を流してしまいます。一度、ここで心が折れていたんでしょうね。
 でも、立ち直れたところを見ると、みあの涙は、彼に痛いところを指摘されたからではなく、欽太郎の哀れさに、涙していたのかもしれませんね。

AS10-05.jpg
 みんなの夢だからこそ、希望に溢れた言葉を紡ぐ。これってすごく大事なことだと思いますし、それを、本能か何なのか、みあもよくわかっていました。

 大物芸人の人が、「最近の若手芸人はデカい夢がない」と悲観していたのを聞いたことがあります。彼らが若かったときは、「○○優勝!」だとか「冠番組!」だとか、実現性うんぬんは別にして、とにかく大法螺を吹いていたようです。でも、夢というのは口に出すと出さないとでは、本人の意識も変わってきますし、それを聞いたちびっこたちは、きっと「すごいこと言うなぁ」と思うことでしょう。大法螺は周囲が期待したりしますし、結果的に本人のモチベーションを高めたりもしてくれるはずです。それを若手芸人がしないから、その大物芸人は悲しんでいたんですね。

 昨今の子供の夢が「公務員」だったり、宝くじに当たったときのお金の使い道が「貯金」だったり、なんとも夢がない時代になっちゃいました。堅実なことが悪いとは言いませんが、そんなに夢がないと、夢を与える人もいなくなってしまうでしょう。ひたすら現実と向き合い続けるというのは、辛いところがあります。ストレス解消でも、逃避先でも、何でもいいので、たまには虚構に触れることも生活では必要でしょうし、そのほうがむしろ、生活のリズムや精神のバランスは安定するんです。実際、定期的に読書(しかも実用書ではなく創作の小説)をする人は、精神的に安定しているというデータもあることですし。
 そういう意味で、夢を与えるスタァの存在は大きいですし、スタァがスタァであるゆえんは、「夢を語る」ところでもあるでしょう。夢の体現者が夢を語ることで、新たなスタァさえ生み出せます。大局的に見ればそういうことを、みあは言いたかったのでしょうね。

AS10-06.jpg
 グレイトフルシンフォニアの頂点、一番になった演出でしたが、ここは何度見ても画期的な表現ですね。思い出してみれば、これくらいの表現、そこらへんのアニメでも見たような気がするのですが、ふっと思い出せないくらいには斬新で、個性を感じます。頂点に立ったことの素晴らしさと、孤独で寂しい感じがよく出ていますよね。
 みあはグレイトフルシンフォニア完遂のため、人々の夢のため、意外に合理的な思考で、自分を犠牲にしてヘインを先へ行かせましたが、ライバル回であった「二人が一番」がここで効いてきます。相手を認めたからといって、自分が身を引く必要は、実は全くないんですね。

AS10-07.jpgAS10-08.jpg
 みんなのファンコールが、みあやスタァたちに力を与えるシーンは、ドラゴンボールの元気玉と思わずにはいられませんでしたが、そういえば、今回冒頭でみあがらぁらに言った「お前がセンターだ!」や、ヘインの「みあがいっちばーんでしょ」は、べジータ的な信念を感じますよね。
 ヘインを送り出したみあもべジータ的でしたし、本当、彼の信念は、仲間への信頼や素直に称賛する姿勢など、学ぶべきところがたくさんありますね。みんながみんな、そういう素晴らしい精神を持っているからこそ、ヘインを送り出すことができたり、みんながみあへファンコールを送ったり、そして最終的に「二人センター」という結末にたどり着けたのでしょう。

AS10-09.jpg
 二人センターが誕生してからの、グレイトフルシンフォニア・クライマックス!
 OPと同じ軌道でスタァたちが空を舞い、光る大樹を形作っていきました。さらに、そこを中心に、世界中に花が咲き乱れる異常現象が! 思えば、みあはスターやどっかーん演出を除くと、花の演出に関わることが多かったですね(COSMOsというチーム名や、アクト・ドリームフラワーレボリューションなど)。そういう意味では、伝説のアクトが植物系というのも、実に因縁深いというか、みあが順調に成長して、世界樹にまで到達したと理解できなくもないです。

AS10-10.jpg
 欽太郎の物語は崩壊しましたが、新たなスタァたちが作り上げた新たな物語は、夢や希望に満ち溢れていて、その温かさは欽太郎さえ包み込みました。彼は、そういう夢や希望が嫌だったのかもしれませんが、けっきょくそれも強がりというか、世界への反抗期みたいなもので、夢や希望を嫌いになれるわけはなかったんですね。もともと夢追い人だったからこそ、彼は新たなグレイトフルシンフォニアに心打たれたことでしょう。もっと厄介な精神構造をしていたら、これでも改心は難しかったかもしれません。

AS10-11.jpg
 クライマックスはさらに続き、もはやグレイトフルシンフォニアを越えた領域に向かいつつあります。
 当時、このシーンで純さんは何を言い出すんだと心配になりましたが、思えば、時を止めた欽太郎に対し、純さんや新たなスタァたちは、時を進めることを選んだという演出だったのでしょうね。「時よ止まれ」というワードは、どうしてもジョジョに登場したDI○を連想しちゃうからいけません。当時はそっちに意識を持っていかれていた気がします。

AS10-12.jpg
 グレイトフルシンフォニアは、夢の花を世界中に咲かせるアクト。だとすると、未来の自分を思い描かせるこのアクトは、彼女たちが作り上げたオリジナルのアクト「ディアマイフューチャー」と言えるでしょう(って、作中でも言ってますが)。
 当時は、この流れがちょっと不明瞭でしたが、改めて見てみると、二つのアクトが複合されていたことがわかります。それにしても、サブタイトルにもなってはいますが、「ディアマイフューチャー」って、すごくいいタイトルですよね。端的に「愛しい未来」といったところでしょうか。

 日本は貧困などにあえいでいる国よりも、子供たちの「幸福度」が低いという調査結果が出ています。「幸福度」とは、今が貧しいか裕福かに左右されず、「未来に希望が持てるか」どうかが、主な指標になっているそうです。
 食事に困らず、街中を安心して歩ける治安のいい日本でさえ、「未来に絶望」しているからこそ「幸福度」が低いのでしょう。ディアマイフューチャーを通じて、彼女たちプリズムスタァを見ていると、そんな風ではいけないな、と痛いほど思い知ります。
 未来に希望を持って生きていくことこそ、みあが言うように「生きている」ってことなのでしょう。このアニメを学校指定の教材にしろ、とは言いませんけれど、せめて、見た子たちや見た人たちは、未来への希望を忘れないで欲しいですね。死んだように生活するよりは、人間としてちゃんと生きてほしいですから。

AS10-13.jpg
 ディアマイ真拳なる謎の暗殺拳を伝授しようとしているみあには終始笑わせられましたが、今回の格言も決定。二人センターや、全員一番が「ゆとり」という印象になってしまうのは、仕方のないことですが、本作を見ていると「それもアリかなぁ」なんて思ってしまう不思議。
 けっきょく、本当に大事なのは、「みんなが一番」というより、「みんなが一番なんだと認め合う心」が大事なのではないでしょうか。つまりべジータ的信念というか。
 かけっこで走者みんなを同着にしたり、演劇のシンデレラを複数人にしたりというのは、だいたいが、自分の子供を使って自尊心を満たそうとする親のクレームが原因だったりします。そんな外野からの妨害があっては、子供たちだって、お互いを認めることはできないでしょう。作られた「全員一位」に据えられただけで、自分で勝ち取ったわけでも、相手を認めて譲ったわけでもないのですから。それこそ欽太郎がグレイトフルシンフォニア妨害のために行った所業と、なんら変わりません。
 大事なのは、真剣に勝負をした上で、べジータ的信念のもとにお互いを認め合う、紳士的で素直な精神でしょう。それを持っていれば、勝負による健全な成長が見込めると思いますし、それでいて、「みんなが一番」という未来にたどり着けるはずです。あくまで理想論で、それにたどり着くのはとても難しいでしょうけどね。

AS10-14.jpgAS10-15.jpg
 そんな総括も半ばに、らぁらがプリチケなるアイテムのことを思い出します。みあが欲しがったりして千切ってしまうシーンが笑えましたが、余念のない販促に涙が出ますね。そして、相変わらず輪に入れていないなるちゃんでまた泣ける・・・。
 ストーンからチケットになったことで、ゲームをプレイする上での管理は楽になりそうですが、コレクターアイテム性は減ったというか、コレクション欲をかき立てられないアイテムですよね。中古市場を撲滅しつつ、よりゲームでの収益に力を入れる、ということなのかな。
 みあは欲しがっても不思議じゃあありませんが、プリティーリメイク大好きのあいらと、デコるのが大好きななるちゃんは、ちょっと微妙そうです。そう思うと、なんとなく表情もそんな風に見えてきますね。「え、プリズムストーンは・・・?」と、絶望しているように見えなくもありません(苦笑)。

 さらに、らぁらはめが姉ぇと連絡を取り、このシーンで、それとなくプリパラにもめが姉ぇが続投することを教えてくれました。今度はどんなデザインのめが姉ぇになるんだろう。
 プリパラはレインボーライブ世界とはまた別の世界が舞台だと予想しますが、よく考えると、ジュネ様の一件があってから、ストーンシステムには何らかの不具合や反省点みたいなものが見つかり、それを改善した結果、チケットシステムに移行した・・・という解釈もありそうです。めが姉ぇから、そのあたりの話が聞けるといいんですけどね・・・。

AS10-16.jpg
 さて、次回はレインボーライブ回! 見たところ、りんねちゃん総集編でしたし、この映像の予告は、やはり最終回一回前の「煌きはあなたのそばに」でしょうね。
 「私の仲間」というサブタイトルは、パッと見、レインボーライブの印象とは違う気がするワードでしたが、設定資料集でも監督は「仲間」を重要視していましたし、あんちゃん、いとちゃん、べるちゃん、おとはちゃん、わかなちゃん、ジュネ様、コウジくん、ヒロ様、カヅキ先輩、その他みーんないたからこその「レインボーライブ」だと言えますし、そう捉えると納得かな。

 というわけで、プリティーリズム・オールスターセレクション感想でした。

 終わりも近づいてきた・・・というより、もうすぐ終わってしまうプリティーリズム・シリーズ。もう悲しくて仕方ないですが、DVD-BOX2の発売が決定したり、ボーイズのCDも発売決定したり、熱唱上映が再度開催されたり、プリパラの情報も色々と公開されたりと、最後の花火が打ちあがっている感じがヒシヒシとしています。わたしも、これを機に、何らかの花火を上げてやりたい気持ちでいっぱいですが、リアルとの兼ね合いで、なかなか時間が取れないのが非常にツライところです。弱音を吐かず、なんとかできればいいんですけどね・・・。
 とにかく、終わりだからといって寂しがるよりも、何か行動したい、というのが現状でしょうか。常に前へチャレンジ、というみあ先生の言葉に従う形ですが、アニメだからといって受身で待ち続けるだけではなく、色々と行動できるのも事実です。わたしのようにブログをやるもよし、ファンアート、SSなどに挑戦するもよし、何らかの形で花火をあげてやれば、それは次の挑戦に繋がるかもしれませんし、そういう前向きな者こそ、プリズムワールドの使者も愛してくれるでしょうからね。
 そんなことを言って、何ができるか、本当に何かしてやれるかまだまだ未定ですが、なんとか何かを用意してあげたいという気持ちで一杯です。この最後の祭りを、ただ受動態でいるだけでなく、何らかの挑戦をしながら、一緒に盛り上がりたいですからね。
 ああ、着々と失敗フラグができあがっている・・・。
コメント
コメント
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
トラックバック URL
トラックバック
copyright © 2017 Powered By FC2ブログ allrights reserved.