寄り道ブログ
寄り道な人生をしています。読んだ小説や、見た映画・アニメの感想などを投稿していきます。
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映画 ハピネスチャージプリキュア! 人形の国のバレリーナ 感想
映画ハピプリ

 やっとのことで見に行けましたので、出遅れた感極まりますが、感想でも書こうかと思います(映画感想のとき、いつもこんなこと言っているような・・・)。
 作画、音楽、そしてテーマ共に素晴らしいレベルで練り上げられており、テレビ本編が好きな人も、そうじゃない人も、思った以上に満足できる内容だったのではないでしょうか。

【あらすじ】
 歩けなくなった少女つむぎちゃんは、「みんなを幸せにする」なんて言っているキュアラブリーが許せず、苛立ちを募らせていました。彼女は人形の国へ行ける力を持っていて(すでに人形の国の住人?)、人形劇をしていためぐみたちを歓迎するかのように誘い出し、そこで倒してしまおうと企てていました。
 つむぎちゃんに人形の国を与えたのはブラックファングという幻影帝国幹部。彼女からすれば、ブラックファングは救世主だったでしょうし、彼を倒し、人形の国を消してしまいかねないプリキュアは、つむぎちゃんにとっては敵でした。
 彼女のバレリーナになるという夢、足が動かなくなってしまった悲しみなどを知り、めぐみは自分の主張がいかに浅はかだったかを思い知りますが、そこはひめが勇気づけます。さすが勇気のプリキュア。
 めぐみは、他人の迷惑も省みずに「幸せにする」と進み続けることが多々あり、その姿こそが人の心を打つところがあります。彼女の健気かつ真剣な姿勢につむぎちゃんも心を打たれますが、すべての元凶であるブラックファングは、すでに力を蓄えてかなり強力な状態に。
 ラブリーはスーパーハピネスラブリーとなって、ブラックファングを倒します。その後、人形の国は(恐らく)なくなりますが、つむぎちゃんのバレリーナコンテストをめぐみたちみんなで応援する、という形で映画は終幕。実に胸糞悪い強敵と爽快かつ涙の展開、クライマックスの燃える音楽とラストの考えさせられるストーリーに、大満足の内容でした。

【作画~大田さん作監による迫力と艶とプリティさ~】
 大田和寛さんといえば、わたしの中では「ぱにぽにだっしゅ!」と「ネギま!?」の人、というのが第一印象でしたし、大田さんを最初に意識したのもその頃でした。実際はもっと前から活動されていて、やはり「色っぽさ」を出すことに優れていたなぁという感じですが、プリキュアでもときどき目にするようになり、本作みたいにメインスタッフになるのは、チラりと脳裏に浮かんではいました。だとしても、実際そうなると驚きと嬉しさがありましたし、その映像は実に素晴らしいものができあがっていました。

 色っぽさと称した大田さんの作画ですが、他作品のように肌をツヤツヤさせるのはプリキュアでは難しいでしょうし、むしろ浮いてしまう危険もあったからか、あくまで「本来のキャラクターデザイン」を尊重するような、それでいて大田テイストを感じられる絵になっていたのは見事です。キャラクターデザインにもクレジットされていたのは、そのためでしょうかね。テレビ版を尊重しつつ大スクリーンで映える、そして大田テイストが出るデザインになっていたと言えるでしょう。
 (確か)ハニーのバンク全般も担当されていたと思いますし、その太もものむっちり感は、本作でもしっかり表現されていましたね。ドレスを着たりとあまり足を露出する絵がありませんでしたが、最初の人形劇のシーンでめぐみのミスに割り込んだいおなちゃんとかは、まさに「大田ふともも」と呼ぶに相応しい太ももをしていたと思います。
 キャラクターの顔については、ところどころ口が三角になっていて、どこかのマスコットみたいな(・▽・)という顔が多かったかもしれません。この口の描き方にはちょっと賛否別れるかもしれませんが、動きを重視するアニメーターさんでよく見るような崩し方だったので、わたしはそこまで気になりませんでした。ずっとあんな顔をしているわけじゃないですしね。増子さんは、ほぼあんな口だったかもしれませんが(笑)。
 映画らしさが存分に感じられたデザイン・作画になっていたのは上記の通りですが、大田さんが出す「艶」というのも、キャラクターの目の光にあらわれていました。ハピネスチャージはテレビ版のデザインも好きですし、決して「目に光(ハイライト)がない」というわけではないんですが、顔に対する目のサイズバランスや、目に対するハイライトのサイズバランスが違うからか、映画デザインの方が「キラッキラ」しているように見えます。過剰にも見えるかもしれませんが、見比べてみるとそれが些細な差であることがわかりますし、このビミョーなバランス感覚は、誰の采配かわかりませんがとても素晴らしい。

 決してテレビ版が劣っているわけではありませんし、テレビ放送がずっとこの映画デザインだったなら、それはそれで違和感が出てしまうかもしれませんから、映画だけの「特別なデザイン」だったというのが、このデザインのいいところでしょう。けっきょく、このデザインでテレビ本編をしたらどーのこーのというのは、すべて机上の空論ですしね。佐藤さんの「手塚治虫的」で「サイボーグ009などを参考に」というのもわかりますし、ハピネスチャージのデザインが、わたしはそこまで嫌いではありませんから。それが女児にウケているかというと、微妙なところですけど・・・。

 艶についてはもう一点、登場キャラクターたちの頬が、みんなツヤツヤとしていましたね。ハイライトがちょっぴり乗っていて、みんな頬が紅潮しているような感じになっちゃってましたが、これも「映画だから」と考えると違和感にはなりませんでしたし、大田さんらしさが感じられたところでもあります。惚けているというよりは、「元気さ」の表現になっていたと思いますしね。
 あと、デザインについては、いおなちゃんのパーティ用髪型で、前髪の左右に角みたいなクセがついていたのが特徴的でした。ひめっぽいというか、お姉ちゃんっぽいというか、普段のいおなちゃんとは違う上に、その一見ヘンテコな髪型が年上っぽく見えてくるのがすごいなぁと感心しましたね。

【戦闘~新たな技と最終決戦~】
 大田さんの素晴らしさを駆け抜けるように話しましたが、まだこれだけではありません。「ネギま!?」のときにはよく思ったものですが、大田さんは戦闘シーンなどの動きも素晴らしいのです。
 プリキュアに参加してからはもっぱらバンクシーンが多かったらしいですが、戦闘シーンもそれなりにやっていたはずですし、もともと「動き」に定評のある方だと思いますからね。そんな大田さんが描く戦闘シーンは、河野さんたちも動員されていたからか、息もつかせぬ迫力になっていました。
 プリキュアといえば、ドラゴンボール的な「謎空中移動」や「ラッシュ」があり、そういうシーンを見ると「ああ、プリキュアだなぁ」と思う反面、ついつい「いつもの戦闘だなぁ」とも思ってしまいます。なので、それとはちょっとテイストが違うだけでわたしは好きになっちゃうのですが、例えばドキドキ!プリキュアの33話、ありすパパが初登場し、ロゼッタが頑張る戦闘なんかも、作画だけでなく、そういう工夫が凝らされた戦闘シーンという意味で、すごく好きになったものです。

 本映画も、そういうテイストが多く含まれていて、特に、ハピネスチャージ特有の「捏造必殺技」みたいなのはたくさん登場しました。もちろん、弾丸マシンガンや爆弾ボンバー、スーパーソニックスパークやリボンハートウォールなどの定番技も登場しますが、ひときわ目を惹いたのはフォーチュンの技でしょう。
 フォーチュンは、テレビ本編ではスターバースト以外に必殺技のスターダストシュート、スターライトアセンション、オリエンタルドリーム、エメラルドイリュージョンくらいしか出さず、他の三人より圧倒的に技の数が少なかったです。数の多さを競うわけではないですが、やはり多彩な技というのはハピネスチャージプリキュアの個性でもありますし、テレビで出せない技を惜しげも無く披露していく様は、日頃の鬱憤を晴らすようでもありました。販促などの都合上、使用する技が制限されちゃってる感じで、可哀想でしたからね。
 アクションに関しても、ラブリー、プリンセス、ハニーはいつも通りという感じなんですが(テレビで使ってる技を使っているので当然かも)、フォーチュンは多彩な技と空手の動きが綺麗に描かれていて、「フォーチュン贔屓されてる!」と思っちゃうほどでした。でも、カッコイイアクションは大歓迎ですし、フォーチュンはチームに追加してからはいまいちパッとしなかったので、映画でたくさん活躍してくれたのは個人的に収穫でした。そうでなくても、話のメインにはなれないような内容だったので、せめてアクションだけでも、という感じでしたね。それでも、巨大化したブラックファングにみんなが飛び道具を放つさなか、フォーチュンだけスターバーストを叩きこみに行ったのは、彼女らしいカッコよさを感じつつも、「おいおい大丈夫か」と心配になったものです(笑)。

 フォーチュン贔屓という点では、映画公開直前のニコニコ生放送特番でも聞いてはいたのですが、いおなちゃんの映画限定私服が本当に可愛かったです。それほど凝ったものじゃないはずなのに、可愛いと思えたのは、いつもの芋っぽさがなくなって、ちょっぴりオシャレだったからでしょうか。オシャレに詳しくないわたしは何も言えませんが、まるでデートでもするかのように、ちょっとおめかししていた気がします。まぁ、この項ではあまり関係ない内容ですが、一見の価値ありと言える要素でしょう。

 ラストが近づくと、ブラックファングは最悪な力を取り込んで巨大化します。あーあ、巨大化しちゃった、と同情したくなるのが通例ですが、ブラックファングについては、その外道すぎる振る舞いから同情の余地が一切ありませんでしたし、何より、通例の巨大化のはずなのに、かなり「強そう」に描かれていたのが驚きでした。
 いわゆる巨大な「影」としての表現でしたし、CGを使っているのかな、と思えるギラギラした光り方がすごかったですが、なにより、そのゆらめく影の動きが「CGっぽくない」のがとてもすごかったです。中でうごめいているような、燃え盛るような影の動きが非常に滑らかで、恐らく「CGだろう」といつもなら言えるのですが、断言するのを憚られるくらいにその境界は曖昧で、「もしかしてアニメーション?」と思える映像だったことで、それが同時に強敵感や迫力になっていました。あれでCGだったら、それこそCGの進化に驚かずにはいられません・・・。
 ラブリーはスーパーハピネスラブリーとなり(キービジュアルにもなっているバレリーナの決めポーズが最高!)、ブラックファングと攻撃を押し付け合いますが、普段なら一人でやっちゃうようなシーンで、プリンセス、ハニー、フォーチュンが加勢したシーンは印象的でした。それほど強敵だったと言えますし、パワーアップしたからといって、一人で倒せるほどではなかったのでしょう。
 必殺技、「プリキュア・ミラクルラブモーション」を最後に放ちますが、そのときの迫力といったら、今まで見てきたアニメーションの中でも五指に入るほどでした。迫力で感動して泣けてきたのは滅多にない経験で、それが体験できただけでも本作は見た価値がありましたし、それだけではない魅力が、この作品にはまだまだありました。

 ちなみに、「五指」は言葉のアヤで言っただけですが、改めて思い返して見ると、感動するほどのアニメーションというと「ポニョが魚の波と走ってくるシーン」、「ヱヴァ序で第6使徒(ラミエル)が山を貫くシーン」、「富野氏がコンテを切ったスパロボZスペシャルディスクに出てくるXANの戦闘アニメーション全般」・・・どれも比較的最近なのと、四つもないのと、一部TVアニメじゃないのはご愛嬌ですが、ふと思い出してみても、じっくり思い出してみても、けっきょくこのあたりに落ち着いちゃうわたしです。
 派手なシーンが必ずしもいいアニメーションとは言えませんし、例えば「ゆゆ式」とかはさりげない動きが素晴らしく、テレビ本編すべてが当てはまるといっても過言ではないのですが、やっぱりそれだと「強いて挙げる」箇所だと分散しちゃいますし、それなら五指はアニメのタイトルを挙げればよかったかなぁなんて思いますが、とにかく、「綺麗!」とか「枚数が多い!」とかではなく、シンプルに「すごい!」と衝撃を受けることのできるアニメーションって、実はとても貴重で、それが体験できる作品だった、とわたしは思います。綺麗な「だけ」や、枚数が多い「だけ」のアニメが多い今日このごろですからね・・・。

 さらにちなみに、本映画はプリキュアらしくバンクも使用されたのですが、テレビ本編と映画版のデザインが違うため、フォーチュンの技以外の従来の必殺技は、やはり違和感がありましたし、特にハニーのクリスタルソングのシーンは、作画の低調さが浮き彫りになってしまい、かなり見ていて苦しいシーンでした。プリキュアに関しては、作画が良すぎるのも考えものだというのをわからせてくれましたし、だからこそ、こういう作画は映画「限定」がいいんでしょうね。テレビ本編は、作画のよさもそうですが、前後関係や、流れとして「違和感がない」作画の方が重要なような気がします。

【脚本~ブラックファングによる企みと障害の結末~】
 作画のよかったアニメを挙げようとしたとき、やはり思うのは、作画がいい「だけ」ではダメだということ。もちろん、それだけで感動できるアニメもありますが、個人的にわたしはそういうのは嫌いですし、素晴らしいアニメーションに伴うだけのシチュエーション、脚本が揃ってこそだと思っています。
 そんな本映画ですが、出てきたブラックファングという敵、彼がもうとてつもなくゲスく、だからこそ理想の強敵としては「アリ」で、わたしとしては非常に歓迎できる内容でした。

 つむぎちゃんは、「みんなを幸せに~」というラブリーに憤りを感じ、自分の理想の世界である「人形の国」を滅ぼしかねないプリキュアを敵対視していました。彼女の「歩けなくなって夢が潰えた」という境遇から察すると、じゅうぶん理解できる心境です。
 ブラックファングは、そんなつむぎちゃんに理想の世界「人形の国」を与えた張本人であり、一見してイイ奴のように思えました。プリキュアを倒せ、と言い出したのは彼ですが、それもつむぎちゃんのためを思ってのこと。なるほど、彼は敵とはいえ、人を現実から目を逸らさせる、現実逃避の具現化なのかな、なんて推測しながら見ていました。
 しかし、足を動かなくさせたのはブラックファングであり、彼こそが諸悪の根源なのでした。つむぎちゃんは彼のマッチポンプに引っかかっており、そのせいでプリキュアや、そして世界を危機に陥れてしまっていたんですね。
 これにはプリキュアたちが憤り、つむぎちゃんが曇ってしまうのもわかります。それでブラックファングは、ミラージュを超える力を手に入れられたらしいので、多くの人を不幸にするより、一人を集中的に、そして深く痛めつける方が、エネルギー回収の効率としてはいいんでしょうね。どこかテレビ本編の幹部たちは「手ぬるい」と思っていましたが、ガチでゲスいのが映画に出てくるという、なかなかにハードで、これもまた「映画限定」の楽しさと言えるでしょう。

 ここで、ちょっと気になったことがひとつ。つむぎちゃんの足が動かなくなるシーンで、変なリングが登場して、燃え尽きるように消えるシーンがありました。それがなんなのかは不明なままでしたが、ブラックファングがつむぎちゃんを歩けるようにしたとき、そのリングは出現していました。
 なぜ足が動かなくなり、なぜ足が動くようになったのか。すでに語っている人、考察している人もいるようですが、実はこれって、本映画ではかなり重要で、「肝」になる部分だと思うのです。
 つむぎちゃんの足にあらわれたリングですが、記憶が曖昧なところもあって申し訳ないですが、「あらわれたり」「消えたり」していて、具体的にどういう効果をつむぎちゃんに及ぼしているのか、わかりにくかったんです。そして、それはあえてそうしているようにも見えました。ブラックファングが差し向けた、という明確な描写も、実はなかったように思えます。
 例えば、あの謎のリングが「ブラックファングの悪い力」の表現だとするなら、一度あらわれて消えたときにつむぎちゃんの足を「歩けなく」させ、その後常時発動しっぱなしなのは、「歩けるように」させていると言えます。ですが、それならば「足枷」という見た目どおり、「歩けない」状態のときだけリングは発動していればいいわけで、人形の国で歩けているときに発動しっぱなしというのは、不可解といえば不可解です。
 仮に、あのリングが燃え尽きる描写が「悪い力=歩けなくなる病気」の表現だとすると、歩けなくなったのはブラックファングに関係のないことで、そのリングを復活させてくれたのはブラックファング、ということも考えられます。彼のマッチポンプではなく、彼は「夢の潰えた子に目をつけただけ」ということになるんですね。
 もし後者の場合、最後に裏切るつもりとはいえ、一時はつむぎちゃんに夢や希望を与えたことになりますし、彼を倒すことは、つむぎちゃんにとっては辛い現実と向き合うことになります。でも、その方が「黒幕を倒せば万々歳」という短絡的解決にはならなくなりますし、本映画は、そういう単純な内容ではないように思ったので、わたしとしては後者の説を採用したいです。
 その場合、ブラックファングを倒した後のつむぎちゃんが目覚めるシーンも、意味深な足首のアップがあり、なんとなく「動かない足」を表現していたように思えますし、ボロボロだったジーク王子人形が、次のシーンで綺麗になっていたことから、ブラックファング事件からコンクールまでは、かなり時間が経っているんじゃないかと考えられます。それが「リハビリの時間」だとすると、しっくりきますからね。

 最後に、つむぎちゃんの出番という絶妙のタイミングで終わり、EDが始まった演出は、最初は「オイオイ」と思いましたが、もしつむぎちゃんの足の件があったなら、コンクールの内容は見せない方が、むしろ色々と想像の余地ができて、一気に深く考えさせられるシメ方になると思います。
 バレエは日々の練習がとても大事ですし、リハビリ明けでいいところまで行けるとは思えません。前者の「ブラックファングが全ての元凶」だったなら、事件後の練習でかなり動きは改善され、全盛期に近い演技を披露できたことでしょう。しかし後者だったなら、ほとんどの時間をリハビリで過ごすことになったでしょうし、コンクールでも胸が痛くなるような演技になったかもしれません。

 ブラックファングが何をしたのか、というのを確定づけるためには、つむぎちゃんのバレエ描写が必要不可欠でしたが、そこがボカされたことによって、彼のやったことが悪だったのか、つむぎちゃんのやったことは悪だったのか、ということが非常に難しい問題になります。まぁブラックファングは概ね有罪で、スマイルプリキュアの魔王やニコちゃんほど同情できる余地もないですが、つむぎちゃんがやったことも、責めにくくなりますし、どこに善があってどこに悪があったのか、よくわからなくなってしまいます。
 ラブリーも、そういう難しい問題だからこそ壁に突き当たり、参ってしまっていたのでしょう。深ければいいとか、曖昧であればいいとか、思わせぶりであればいい作品であると言うつもりはないですが、本映画に関しては物語の主題であり、善悪論や責任の所在、動機に関わってくるところなので、そこを「どっちにもとれる」表現にしたのはとても挑戦的で、難しい判断だったことでしょう。一見して勧善懲悪に見える内容になっているのも見事で、子供たちが「ブラックファング悪いやつだった~」と思っていても、数年後に見直すと、違う意味が見えてくるかもしれません。そういう意味でも、この「完全懲悪に見えて、本当はどうだったか断言できない」内容になっていたのは、見事という他ありませんね。やろうと思ってできるほど、カンタンなものではないと思います。

【音楽~新BGMと挿入歌~】
 プリキュアのテレビシリーズでは、数年おきに音楽担当スタッフが変わるのがもはや通例になっていますが、変わらないうちは、けっこうBGMが使い回されることが多かったです。例えばフレッシュ~スマイルまでは高梨さんで、その間は同じ曲を使い回すことがありました。
 ドキドキプリキュアから、現在の高木さんに変わり、新しいBGMに毎回胸がキュンキュンしていたのを覚えています。ハピネスチャージプリキュアになってからは、今までの通例のように使い回すようになりましたが、変身シーンや必殺技バンクはちゃんと新曲で、そういう部分で作品カラーを感じられるので、使い回しそのものはあまり気にしてません。

 今回は映画だったということで、これまた「映画限定」の劇伴が多くあった印象です。その中でも、特にクライマックスに流れてきた挿入歌は、どれも燃えるものばかりで、あれは確かお城での対ブラックファング戦と、巨大化した対ブラックファング戦のBGMが、ひときわ耳に残っています。
 さらに! スーパーハピネスラブリーに変身するあたりで、また新しい曲が流れだし、「おお、いいBGMが三連続?」なんて思っていると、それは映画の挿入歌「勇気が生まれる場所」でした。
 この曲がもう凄まじい。プリキュアの挿入歌って、権利の関係か、なかなか流れることはないですし、流れることはあっても、「ああ、いい曲だなぁ」くらいにしか印象に残らない、言わば70点くらいの曲という印象がずっとありました。ちゃんと聞けば、好きになるんでしょうけどね。
 本作では、ハニーのごはんソングなど、むしろ挿入歌はよく流れている方ですが、それまでとはまったく方向性の違う、ここまで熱い曲がプリキュアにあったのかと思えるくらい、この曲の存在は大きかったです。作画だけで価値がある、なんて言われ方をすることもありますが、「この曲の流れるシーンが最高」という意味では、この挿入歌の価値は、わたしの中ではすごくお大きなものになっています。

 考えることはみな同じなのか、巷ではこの挿入歌シングルの売り切れが相次ぎ、amazonでは値上がりするという事態になることからも、この曲の素晴らしさはわかってもらえると思います。先日まで、itunes storeにはなかったはずなんですが、最近登録されたのか、無事ダウンロード購入することができ、今ではヘビーローテーションしております。
 サウンドトラックの方も気になってきたくらい、曲に関しても手抜きなしの力作でした。音楽を普段から気にしている人ならもちろんのこと、そうじゃなくても、耳を傾けたくなる劇伴ばかりだったことでしょう。

【総括】
 個人的にはどこにも不満のない内容で、単独映画としては珍しく二回目を見に行ったほどでした。曖昧な部分を意図的に作り、考えさせられる内容になっていながら、そこを考慮しないでもちゃんと一本の作品に仕上がっていたのがすごすぎます。そこだけを褒めるわけではありませんが、映像や音楽などの「わかりやすい」部分を除いても、そういう細部に魅力が光る内容だったと言えるでしょう。
 タイミング的にイノセントフォームにはならなかったりしましたが、逆にテレビ本編のことをまったく匂わせないような展開は、単体映画として独立して考えることができるので、それもよかったところです。テレビ本編でいうどのあたりの時期なのかは考察が必要ですが、単体映画の特徴として、土曜日公開→翌日日曜日→映画の内容は日曜日放送内容後、というのが定番になっている気がします。ちょうど公開日の10月11日に当てはめると、翌日の放送はめぐみの誕生日回。翌週は強敵登場で話が大きくなってきますので、そういう意味でも、この定説はほぼ間違いないでしょう。
 テレビ本編の内容から離して考えられるところからも、優れた構成であることは間違いありませんが、そういう余計で堅苦しいことは考えず、単純に「面白かった」と心から言える映画でした。

 というわけで、映画ハピネスチャージプリキュア感想でした。

 上映館数が増えたとか、興行成績とか、本編はどーのこーのとか、色々と風当たりの強いシリーズにはなっちゃっていますが、好きな人はもちろん、ハピネスチャージプリキュアがあまり好きじゃない人でも、この映画は是非見てもらいたいですね。今さら言うのは遅すぎるかもしれませんが、いい意味でテレビとは独立しているので、これは「一本のとある映画」として見てもいい作品です。
 ・・・挿入歌を聞きながら書いていると、また見たくなってきました。そろそろ上映が終わりそうですが、まだ滑り込めるかな・・・?
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