寄り道ブログ
寄り道な人生をしています。読んだ小説や、見た映画・アニメの感想などを投稿していきます。
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プリパラクライマックス感想 トリコロール編
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2nd seasonでは主軸となったメンバーが終結したトリコロール。結成経緯やその実力描写も魅力ですが、それでもなお敗北という定めを、そのキャラを崩すことなく描かれたのが好印象でした。


★チーム概要
2nd seasonのラストにてなんとかシステムからの消去を免れたひびきとふわり。ファルルも本拠地がプリパリということで、ちょうどよく(?)3人はチームとして集まることに。ファルルはひびきを「まほちゃん」と慕い、ひびきもファルルは憧れですし、プリンセスとして誘ったふわりにはなんとなく強く出られないこともあって、3人は必然的に集まった感じですが、だからといってチーム結成が容易だったわけではありません。

チーム結成の儀式では心から誓いの言葉を言えなかったり、結成までひと悶着ありましたが、それによってトリコロールらしい絆や友情が育めました。トリコロールが一度グランプリで優勝を飾ってからもその強キャラ感は失わず、ファイナル本選でうっちゃりを下してソラミと対決しましたし、ソラミが女神と連戦で気おされていたときに、ひびきが「出ないなら僕たちが出る」と彼女なりにハッパをかけるなど、決して友好的ではないとしても彼女たちらしいチームとしてあり続けたのが、このチームにしかない魅力と言えるでしょう。

一年目の強敵ファルル、二年目の強敵ひびきを擁し、そのひびきと深い繋がりを持つふわりと、チーム構成としては他のチームほどトモダチ同士感はなく、それぞれが「憧れ」の矢印で繋がってそうですが、そんな普通のチームとは違う関係性が魅力的です。全員女子ではありますがひびきが男らしいですし、一部の界隈では「ひびふわ」「ひびファル」なんて派閥もできあがっているようですけど、個人的にはひびきは「二人には頭が上がらない」という構図で完成していると思います。

二年目のセレパラ騒動などで、ひびきは多くの人を巻き込みましたが、いまいち反省している感じがありません。最後の最後までナルシストな感じでカッコつけていて、しかしそれはプリパラのキャラクター描写術的に、「欠点や悪い面でも個性として描く」ことの結果なので、そこは問題ではありません。レオナちゃんは男のままアイドルを貫きましたし、ドロシーも口の悪さが治ったわけではありません。ひびきは語尾嫌いを克服したわけではないですし、そふぃさんも疲れやすい体質はまだ完全完治とは至ってないでしょう。そんなひびきのキザなキャラクターを変えないまま懲らしめるには、「女房の尻にしかれる」ような感じが最適ですし、特にそのキザさ故に女性二人に振り回されている、という構図はまほちゃんのプライドを傷つけないまま苦労させるいい手法だと思いました。そのプライドやナルシスト故に苦労しているというか。
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[図1:くじを引いてしまったふわり]

その最終段階(ファイナル後や最終話)を見ても、トリコロールは変わった形の友情で繋がり、変わった力関係に成り立つモロいのか頑丈なのかよくわからない結束をしたチームだと言えます。そして、ひびきのキャラクター性が中心ではありますが、残る二人もファルル、ふわりしか考えられない、奇妙なようでいてしっくりくる、そんなチームではないでしょうか。個人的には最終話で特に顕著に描かれたひびきパパ、ふわりママ、愛娘ファルルといった親子のような関係が、今までその兆候がまったくなかったにも関わらず一番しっくりきたように見えたのは、彼女たちを誰よりもよく理解している監督や脚本その他スタッフさんだからこそ描けたことのように思います。


★キーワード・トリコロールと神アイドル
トリコロールにとって神アイドルとは何でしょうか。彼女たちもジュルルとは関わりがありますし、らぁらちゃんのように「助けたい」というモチベーションかもしれませんが、正直ジュリィと直接対面したときの反応から、あまりらぁらちゃんたちほど「ジュルル!」と息巻いているようには見えません(逆に言えば、それだけらぁらちゃんたちは密接にジュルルと関わっていて、母性のようなものが生まれているとも言えます)。

神アイドルグランプリを開いたにも関わらず神アイドルが誕生しないとサパンナのように寂れてしまうようですし、そういうデメリットがなくても、もともと神アイドル・セインツに憧れ、実力主義を豪語するひびきなら、神アイドルは目指しそうなものです。ファルル、ふわりはそんな彼に付き合ってあげている感じ? 例の仕分けボックスでらぁらちゃんが「プリパラ」のボックスに入っていることからも、ひびきにとってらぁらちゃんは最大のライバルでしょうし、憧れの神アイドルを目指す上で、一度は下したい相手でしょう。

そういう意味でトリコロールは大会に向けたモチベーションは持ち合わせてはいますが、約2名はあまり闘争心がなくエンジョイしたい空気だったので、そういう意味で威勢はあまりなかったかもしれません。ファルルもふわりも平和主義というか博愛主義というか。


★キーワード・対うっちゃりビッグバンズ・・・あじみとの決着
二年目では元凶といっていい騒動をいくつも起こしたひびきさん。対して、本筋には大きく関わらないものの、その存在の最大の理由でもある関係性がひびきのトラウマの原因というあじみ先生。そんな2チームの対戦カードは待ち望んでいたものでもありましたし、真中姉妹の姉妹対決のような期待感もありました。その分、ドレシVSガァルマゲドンが因縁少な目に感じてしまいますが・・・。

ドレシVSガァルマゲドン、ソラミVSノンシュガーのときも後攻勝利で、このときはまだ第二試合でしたがくじ引きで先行を取ろうとするまほちゃんには不安がありました。語尾攻撃を食らわないようにするための先行狙いはわかるのですが、その場合メタ的には敗北濃厚になるなぁと思っていると、ファルルがくじを引いてしまって後攻になる、という展開がヒジョーにウマかった。対戦相手決めのときにふわりがくじを引いて不運をこうむったので、一部のファンからすれば「ふわりなにやってんの(怒)」というヘイトがたまりそうな展開でしたが、同じようなことをファルルもやってしまう、その上あれだけ事前準備していたのを台無しにされたにも関わらずまほちゃんは平静を装う・・・という対応が完璧で、このときにわたしは「あ、この三人いいチームだ」と確信しました(遅い)。
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[図2:くじで後攻を引いたファルル]
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[図3:くじの結果に固まるまほちゃん]

トリコロール結成時の「自分の友情は信じられないけど二人(ふわり、ファルル)の友情は信じる」というまほちゃんの言い回しも上手でしたが、どこかいつもノーダメージ感のあるひびきを唯一振り回せるのはこの二人だなと思いましたし、二年目の贖罪を含め、「あの」ひびきが頭の上がらない二人と一緒にいる、というのがひびきが調子に乗りすぎない良いバランスとなっていました。ふわりちゃんがしでかした失態(?)をファルルもする、という贔屓も偏りもしないバランスが見事。
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[図4:誓いの言葉を口にするひびき]

そんな二人に仕立て上げられてしまったうっちゃりビッグバンズとの戦いですが、その被害は甚大、どんな番組でもどんなライブでもしっかり視聴するプリパラファンの鑑のひびきさんは、しっかり対戦相手の曲を聞き、異常なまでの語尾を浴びた結果、意識不明の重体となってしまいました(意味不明)。これを懸念して先行を狙っていたのですが、予想通り・・・というか予想以上の大惨事になってしまい、らぁらちゃんたちも騒然。様子を見に来たうっちゃりビッグバンズも驚きます。
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[図5:うっちゃりビッグバンズのライブに耐えるまほちゃん]
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[図6:語尾を受けて重体のまほちゃん]

特にあじみ先生は、このとき安藤から「ひびき様は語尾が嫌い」と聞かされ大ショック。大粒の涙を流しながら語尾封印を誓うシーンは、よくよく考えるとオモシロおかしいシーンなのですけど、あじみ先生のひびきを想う気持ちがとてもヒシヒシと感じられて、その健気さに泣けてきます。思えばあじみ先生は、ひびきが人間不信になってしまわないように話しかけ続けたり追いかけまわしたりして(逆効果)、方法は間違っていたかもしれませんが、その気持ちや考えはとても素晴らしいものだったと思います。
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[図7:語尾嫌いの真実を知ってショックを受けるあじみ先生]

語尾というのはあじみ先生にとって単なるキャラ付けではない、自然と口から出てしまうものであり、なおかつ芸術に目覚めてからは芸術系語尾になったりと、自分にとって「素晴らしいと思ったもの」を選んでいるように見えます。つまりあじみ先生にとってのアイドルの動機や人生そのものに近いものであり、しかも質量を持っているよう(?)ですから、それを言わなくなる、言おうとして飲み込むというのは人生そのものを否定されるような気持ちでしょう。彼女にとっては生命的な危険の伴う行為でもあります。しかし、さすがに他者の人命がかかっているということもありますが、それをけっこう即断に近い早さで「今後言いません」と言うあたりは、演出の妙も冴えわたっていましたが、あじみ先生の「何よりひびきが大切」という気持ちが痛いほど伝わってきました。
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[図8:涙ながらに語尾封印を誓うあじみ先生]

あじみ先生は意外なことに比較的誰にも「教育者」らしい態度で接していますが、ひびきさんに対してだけはかなり譲歩というか親愛度が高く、あの奇行の数々からは想像もつきませんが(オイ)、あじみ先生の「素」な感情・行動を、ひびきさんは引き出せているんだろうなぁと思います。そして、語尾封印を誓わせたところでひびきは容態が回復。ちょっと見計らっていたかのようなタイミングでしたが、あじみ先生に語尾を封印させて礼のひとつもなく、大して意にも介さないところもひびきらしくてよかったです。決して借りを作ったわけではなく、あじみ先生が自分で勝手に語尾を封印した、という態度なのでしょうね(実際そうですし、あのまま語尾を浴び続けていても、ひびきは死にかけた状態で「語尾をやめてくれ」と自分では言わなかったでしょう。彼はプライドが高くナルシストなので)。

語尾を貯めすぎて爆発したあじみ先生は、トリコロールのライブ後にすっかり回復してしまっていて、語尾も封印できずにいたのですが、ひびきも予想していたかのように語尾カットホンを装着。このときの流れはすごくあっさりしていましたが、プリパラ全体から感じられる「弱点は個性でもあり、良い面悪い面があって、それを矯正するということはしない」という方針を強く感じました。
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[図9:破裂して語尾が戻ったあじみ先生]

そふぃさんの体力、ドロシーの口や性格の悪さ、アロマゲドンのいたずら好き、ちりちゃんの潔癖症・・・もっと言えばらぁらちゃんの大声設定、みれぃの計算高いが故に悪い計算結果が出るとすぐ諦めるところなど、プリパラアイドルたちは個性的ですが、その個性は大抵悪い面も有しています。どのアイドルもそれで苦労するシーンが描かれています。しかし、どのアイドルも成長していく上で、その個性とうまい付き合い方を見つけたり、いい面を引き出したりしていました。そふぃさんは徐々に、非常にゆっくりですが体力がついてきましたし、みれぃも諦めにくくなりました(諦めなくなったとは言ってない)。ドロシーの性格はもはや愛嬌に近くなってきて、アロマゲドンのいたずらは神グラファイナルという状況でも貫くほどの信念となり、らぁらちゃんの大声は、世界中に届く声となりました。ちりちゃんの潔癖症・・・くらいでしょうか。個性が「治る」という形で消えてしまったのは。


★キーワード・対決ソラミスマイル!事実上の決勝戦!?
こう書いてしまうと、ソラミ対ドレシの盛り上がりやクライマックス感を否定してしまっているかもしれませんが、そちらは問題なく盛り上がったと思っています。その上で、この戦いはまほちゃんのリベンジも兼ねた、かなり熾烈を極めた戦いであったことも間違いありません。

プリパラはアイドルである以上、プリティーリズムのときのようにエンタメと競技性で対立するということは少ないですが、しいていうならこういうグランプリ(大会)の場で、なおかつトリコロールが相手だと、そういう懐かしい雰囲気になっているのを感じました。まほちゃんが実力主義ということ、ふわり、ファルルは基本的に方針を任せているだろうことからも、トリコロールはそういう立ち位置になっていて、「本場プリパリ」という出身地からも、他のチームよりは「実力主義」を体現するには最適なチームです。ガァルマゲドンやノンシュガーが未熟さを表現しているとするなら、彼らはベテランや達人、強豪といった立ち位置でしょう。
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[図10:トリコロールのパフォーマンスに圧倒されるらぁらちゃん]

対するソラミスマイルは、仕分けボックスで「プリパラ」になっているらぁらちゃんがいます。プリパラとは何なのか。らぁらちゃんは「み~んなトモダチ、み~んなアイドル」を体現・実践していると言えますが、じゃあそれはいったい何なのか。この対決でそれを体現しきれたかは微妙ですが、ソラミスマイルがとった戦法・・・観客席に突如登場してお客さんをあおったりコールを要求したりということで、会場全体に「一体感」を生み出しました。アイドルは応援し応援される構図・・・ということをわたしはことあるごとに言っていますが、いわばソラミスマイルはその戦法を一番最善の形で実践したと言えるでしょう。
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[図11:プリパラのボックスに入ったらぁら人形]

トリコロールは多少演出があったとはいえ、一方的にライブを披露して観客の何もかもを「奪う」という、魅力的で、そっちの筋では最高傑作ではないかというパフォーマンスを見せてくれました。しかしそこに「会場との一体感」があったかは疑問の余地がありますし、これがオーケストラやオペラ、ミュージカルではなく「アイドルのライブ」ということを考えると、そして一年目のファルル復活ミラクルライブなどを思い出しても、観客との一体感というのはこの上ない熱狂と、その他にも奇跡を起こせるような無限の可能性を秘めていますし、そちらを最大限に伸ばしてきたソラミスマイルに軍配が上がったのも納得と言えるでしょう。
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[図12:客席でパフォーマンスするみれぃたち]

切り札的楽曲「Make it!」をここで使用したのもさることながら、お互いメイキングドラマも連発。そして、これはもともと用意されていたMDの都合上でしょうけど、トリコロールはソロMD×3→新チームMDだったのに対し、ソラミはチームMD×3→新チームMDという衝突になりました。ライブ演出、楽曲選択、MD全てに差が出て、トリコロールも最高に素晴らしいパフォーマンスをして「これに勝つのは無理だろう・・・」と思わせた上でソラミスマイルが勝つことにちゃんと納得できる・・・この対戦は、単に演出等が素晴らしいだけでなく、視聴者であるわたしがそう思えた、というのがとてもすごいです。映像の説得力といいますか。

作中の人間が「すごいすごい」と連呼しても、視聴者がそのすごさを実感できなければ、それは説得力を失いますし、そのアニメから視聴者の心は離れていくでしょう。プリティーリズムの時代から、このシリーズはキメるところではキメてくれますし、この対戦でもしっかりラスボスのような圧倒的強者感をトリコロールが出しつつ、さらにそれを上回るパフォーマンスでソラミスマイルが勝利することに「わたし」が納得できました。アイドルのライブなんていうのは、ルールのあるスポーツや明確に勝敗がわかるロボットアニメ、アクションアニメでの戦闘シーンほど具体的な強弱の表現はできません。そんな、いわゆる芸術作品のような万人が同じ評価を下しにくい「パフォーマンス」という分野の対決で、ここまで説得力のある映像を作れる、というのは、映像や演出だけでなく、そこにいたる脚本なども含めた総合的な「流れ」が生んでいるものでしょうし、それがこのプリパラという「アニメ」そのものの魅力となっているのではないでしょうか。

もちろん、トリコロール敗北に不服な人もいることでしょう。視聴者全員が同じ気持ちになるのは、理想ではありますが実現は難しいことです。しかし、比較的標準で公平な見方をしていると勝手に自負しているわたしが上記のような感想を抱けたことが、まず何より素晴らしいですし嬉しいです。かつてプリティーリズムのとき、「すごいライブ」という要望を出されたCG班の方々が、その抽象的ながらも確固たる指示に全力で応えて作り上げられたライブ(プリズムショー)がありました。そのショーは、登場人物が絶句、絶賛するだけでなく、見ているわたしも心の底から「すごい・・・」と感動しました。

トリコロール対ソラミスマイルは、まさにその極地でした。作中で登場人物が「すごい!」というだけでは、「説得力」が足りないのです。視聴者と登場人物の間でギャップが生まれると、そこで没入感なども薄れてしまいます。そこでちゃんとわたしも「すごい」と思えたのが映像や演出の力だと言えますし、この戦いでもトリコロールの完璧なパフォーマンス、ソラミスマイルの会場全体パワーをどちらも描ききり、その上でソラミスマイルが勝ちだと納得できるバランスに落ちつけたのは、演出諸々の絶妙さに他なりませんし、緻密な相談や会議、監督が指揮をしっかり取ったからこその結果ではないでしょうか。

勝敗決定後、まほちゃんが「ポピュリズムが勝ったね」と負け惜しみを言いつつも、らぁらちゃんがあまり理解していないところ、まほちゃんも悔しいけど決して相手の健闘を称えていないわけではない、というのがうまい描写でした。それほどいやみっぽくなく、しかしまほちゃんのプライドもあまり傷つかない良い態度でした。そして、最後に「今度はプリパリでやろう」という捨て台詞も最高でした。

神アイドルグランプリは、少ない頻度でしか行われないようですし、プリパラの歴史から考えると、それこそ数十年から数百年の頻度のようにも思えます。神アイドルがフツーに出現すればそれでいいのでしょうから、そう考えると神アイドルの数とグランプリの数はイコールではないかもしれません(神アイドルグランプリは、神アイドルが出現しないときの救済手段とか)。となるとなおさら、「今度のプリパリ」がいつになるのか、というのは途方もない話になってしまいます。彼女たちが新シリーズで登場できるのか、神アイドルが話の焦点になっているのかというメタ的な不安もあります。しかし、それでもまほちゃんはリベンジを誓ったわけです。これは敗北したガァルマゲドン、ノンシュガーにも通じるところですが、その「次こそは!」というセリフなどが、やはりグッときます。負けてもヘコまず、腐らず、諦めず、次に向かって進む姿は、レッスンなどして努力しているアイドルと同じく賢明さなどが涙腺を刺激して、胸に刻まれますね。

他の戦いもそうでしたが、対戦内容もさることながら、その後のアフターケアといいますか、アイドルたちの身の振り方までうまい具合に描いてくれて、もう最高と言うほかありません。みっともない姿を見せず、凛とした態度のまま対戦を終えたトリコロールと、そのように手配してくれたスタッフさんには感謝感謝です。


★キーワード・♪Mon chouchou
さて、トリコロールの楽曲「モンシュシュ」についてですが、わたしはこの曲はかなり大好きで、プリパラのOP、ED、挿入歌、ゲーム用楽曲などあらゆる関連曲含めた全体で考えてもすごく上位につけています(あくまで個人的な感想です)。
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[図13:華やかに歌うふわり]

プリパラのOPEDはプリパラというテーマがよく出ていて、プリパラという単語も入っており、楽しいものや元気が出るものばかりなのですが、悪く言えば一辺倒というか、テーマ性や「プリパラらしさ」は大事なのですが、その分あまり変わり種がないというか王道ソングばかりな印象です(王道が悪いわけではなく、ましてや似たテイストの曲を出し続けることも悪いとは思いません)。

また、プリパラという単語が入っていたりするため、主題歌とすぐわかるのですが、だからこそ「プリパラ楽曲」という枠組みの範囲内に留まっています。・・・モンシュシュをアゲたいがために他の楽曲サゲをしてしまっているようで気分が悪いですが、わたしの文章力の問題であり、決して他楽曲に問題点があるわけではありません。プリパラ・ソングとしてどれも素晴らしいものばかりです。

ただ、なぜそこまでわたしがこの曲に惹かれたかと言うと、それは、キャラクターソングであることからトリコロールを体現した歌詞であることは間違いないのですが・・・特にそれを加味しなくても、メロディだけですでに心が躍り、歌詞も希望と高貴さとパッションに溢れ、聞いているだけで元気が出てきます。
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[図14:凛々しく歌うひびき]

アイドルは応援し応援される存在と、飽きるほど言っているわたしですが、アイドルソングの特徴としても、「夢や希望」を語るものは多いです。綺麗事を並べているといえばそうですが、かつて某プリズムスタァも「自分たちが言わなきゃ誰が言う!」というようなことを言っていました。もちろんソラミスマイルが披露したMake it!や、その他プリパラ・ソングもその傾向は多分にあるのですが、トリコロールのモンシュシュは、そこに「曲調」という点でこれ以上ない個性があります。他の楽曲に曲調の個性がないわけではないですが、この曲は特に際立っている印象です。

ミュージカルというかフレンチポップ(?)というか、正直ひびきソロの「純・アモーレ愛」も度肝を抜いた楽曲でしたが、あれはひびきの存在を事前に知っていたため心の準備のようなものができていました。ひびきソロがあるならばあのような曲だろうな、と。トリコロールは本当に結成するか微妙なラインで展開が推移していましたし、結成できたことも驚きでしたが、それに加えてこのような曲調の楽曲が出てきた、という怒涛の流れに、本放送時は動揺と感動でどうにかなってしまっていたのを覚えています。

このような曲調がプリパラの挿入歌として出てくる、というのは、プリパリを本拠地とする彼女たちのことを念頭に置けば本来予想できていてもいいですが、何故だかわたしは失念していて心構えができていなかったこともあり、この曲のサプライズ感がすごかったです。さらに、声優さんに躍らせる気が毛頭ないからか、バレエ・ジャンプのようなファルルの動きだったり、片手(?)で側転しちゃっているふわり、得意の足挙げをするひびきなど、動きがハイレベルすぎて、その動きも強敵感や格上感の演出に一役買っていました。

わたしの個人的な問題ではありますが・・・こういった曲の登場をまったく予想していなかった、という点もあり、モンシュシュは一番の驚きをくれましたし、聞けば聞くほど染み込んでいく夢や希望を感じさせる歌詞などに他と変わらぬアイドルイズムを感じ、この曲は一番プリパラらしくない曲のようでいて、最もプリパラらしい曲かもしれない、と思わせてくれました。結果、1番・・・とまではいいませんが、プリパラ内でもとても大好きな曲となりました。
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[図15:軽やかに歌うファルル]

★トリコロール総括・最高のエリティズム
らぁらちゃんやプリパラが掲げる「み~んなトモダチ」をポピュリズムと称したひびきさん。その反対に位置するトリコロールはエリート主義とは思いますが、だからといってみんなソロ活動しているわけではなく、トリコロール内に関してはトリコロールなりの友情が芽生えているのが面白いです。プリパリはエリート主義の本場かもしれませんが、どちらにせよプリパラという大きな枠に含まれている以上、「み~んなトモダチ」の精神は必要不可欠ですよね。そうでなければ、ひびきがあこがれる神アイドル・セインツだって三人チームではなく一人だったかもしれません。

エリート主義固執が悪いわけではありません。それもまたひとつの個性でしょう、ガァルマゲドンのいたずら心のようなもので。ただ、それがいきすぎたセレパラ時には消滅の危機という罰を受けたり、現在も女房二人の尻に敷かれています。そんな状況でもきっとひびきは自分を曲げないでしょうし、セレパラにしないまでも、きっといつかエリート主義を掲げたまま頂点に立つときがくるかもしれません。そのとききっとプリパラはエリート主義が一時のインフルエンザのように流行るでしょう(一時期天使と悪魔旋風が吹き荒れたように)。

個性はどんなものであれ個性として持たせ続ける。ガァルマゲドン敗北のときにも思ったことですが、トリコロールでもそのスタンスは健在で、それがプリパラというアニメなのです。キャラ設定時に一度決めたことを貫き通し続ける・・・週刊漫画などでは不評な部分を急きょ変更することなどあるかもしれませんし、それもやり方次第とは思いますが、プリパラはかなり「貫く」率が高いです。それは最初に入念に入念を重ねて決めるからかもしれませんし、それを覆すということは、うまいこと事が運んだとしても一種の否定となってしまいます。ちゃんこちゃんの立派な体型もそうですけど、ちゃんこちゃんが努力して痩せてしまうと、その努力は称えられるとはいえ、「大きな体」の否定になります。大きな体でプリパラを見ていた女の子は、そんなちゃんこちゃんを嫌いになってしまうかもしれません。

「み~んなトモダチ、み~んなアイドル」というのは民主主義であり同時に博愛主義なのでしょう。すべてを許容し、すべてを愛する・・・だから一度セレパラという形に変貌してしまったのも、ひびきさんの主張を受け入れたからですね。そんな大枠の中で自分を貫き続けるアイドルたちは尊く、中でもプリパラにまっこうから対抗する姿勢になってしまっているのは皮肉ですが、そんな逆風でもエリート主義でい続けるひびきさんとトリコロールもまた、立派に輝こうとする素晴らしいプリパラアイドルの一員なのです。
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[図16:勝ち進んだトリコロール]
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