寄り道ブログ
寄り道な人生をしています。読んだ小説や、見た映画・アニメの感想などを投稿していきます。
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プリパラクライマックス感想 ありがとうプリパラ!!
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プリパラクライマックス感想のラストとなります。プリパラのクライマックスと、これまでの3年間と、これからのことを書き尽くせたのではないかと思います。アホみたいな分量になったのでアイドルタイムの感想も一緒にするつもりでしたが個別に書くことにしました。もっと読みやすく簡潔にできればと常々思いますが、プリパラに関しては愛が溢れてしまうから仕方ない・・・仕方ない・・・。


-女神の試練-
前回も書きましたが、ジャニスは筐体デビューしていたこともあり、出番があるんじゃないかと予想していたので、女神との戦いが待っていたこと自体は自然な流れでした。かつて神アイドルも同じ条件だったと言われたら納得するしかありませんし、事前に連戦だと通達してなかったのもその条件に含まれているのでしょう。理不尽感はそれほどありませんでしたね。

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急な強敵登場もさることながら、連戦ということでそふぃさんの体力面も心配だったソラミスマイルですが、そふぃさんは平気だと言って気丈に振る舞います。神コーデを着て疲れは消えたというそふぃさんの言葉は、本当に神コーデにそのような力があるように錯覚しましたが(それくらい特殊効果があってもいいでしょう)、ふわりの「そうは見えない」というところから、実際はそんな効果はなく、そふぃさんが気張っていたようです。普段はぷしゅ~とクラゲ化していたので、そうならないだけでも進歩でしたが、ドロシーのいうとおり、休憩なし連戦は過酷な条件でした(まほちゃんなりの気遣いが見れたり、すでに出番を終えてライブをしないアイドルたちの見せ場もいいシーンばかりでした)。

それも含めて「条件」だと言われると認めるしかありませんし、ジュリィが事前に「ここでやめてもパーフェクトアイドルになれる」と逃げ道を用意したのもズルいです。誰が見ても苦しい状況の中、諦めてしまってもいいという道を作るのはなかなか大人の世界のようなシビアさがあり、見ている人によってはそっちに気持ちが揺らぐ人もいたんじゃないでしょうか。しかし、らぁらちゃんたちの目的はそんな脇道ではありません。どんなに状況が悪かろうが、「神アイドル」を目指すために前進する姿勢は、この時点でもまぶしく輝いていました。ジュリィたちのライブ後、皆が十人十色の反応を見せるなか、ソラミスマイルはむしろワクワクしていたところに、神アイドル手前まできているファイナリストの風格がありましたね。

どの曲で挑もうか相談しているとき、ここでまさかの新曲が出てくるとは思いませんでした。ライブに使っていない既存かつテレビ本編では未歌唱の曲(ブライトファンタジーとか)くらいは予想をしていましたが、まさかの完全新曲、さらにエンディングのクレジットでは「~楽章」とあるではないですか。組曲になっていて、女神戦で使った部分以外にまだある、というところで次回に繋がる展開は、よくもまぁ友情やアイドルといった題材でここまで盛り上げられるものだと感心が尽きません。

そしてやっぱり、勝った負けたではなく、プリパラやアイドルが好きという気持ち、トモダチが大切という気持ち・・・その部分を1番のテーマとして据えて、その気持ちがどんな困難な状況も切り開く・・・このシチュエーション作りがさすがです。主にプリパラのシステムが障害っちゃあ障害なのですが・・・(苦笑)。ですが、それがこのシリーズの重要なところでもあります。あまりにもあんまりな強権システムであれば、そもそもみんな嫌気がさしてプリパラなんてやらなくなるでしょう。らぁらちゃんはプリパラでアイドルとしてデビューし、コンプレックスを克服し、トモダチができ、色んなキラキラした素晴らしいものを手に入れました。らぁらちゃんはプリパラが大好きで、だからプリパラそのものを批判したり、システムのことをそんなに悪く言わないのでしょう。やろうと思えばプリパラアイドルが決起してボイコットし、プリパラそのものを衰退させることだってできたはずです。

「敵」や「悪役」を作らない方法論でもあるでしょうけど、らぁらちゃんはプリパラの体現者であり、プリパラが好きという大前提は崩さない範囲で、敵や悪役を作らない範囲内で、ただし最大限の苦悩や困難を与えて乗り越えさせる・・・それがプリパラで一貫して繰り広げられたストーリーであり、そしてそれを乗り越えるためにはたいていトモダチの力やアイドルの歌の力が重要になっています。このような制限を課せられつつ、三年間、これほどまでバリエーション豊かにプリパラアイドルを描いてくれましたし、この三年目は神アイドルと銘打たれているように、今までで最大の難関であり、一区切りという意味でも一番メッセージ性の高い内容でもあったと言わざるを得ません。らぁらちゃんにとって、プリパラにとって最大の試練が、これから始まろうとしています。



-立ちはだかる女神ライブ!-
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めでたくというかなんというか、ジャニスはこの土壇場になってやっとライブの出番となりました。ジュリィとのデュエット、CGモデルもジュリィの色を変えただけ、という超突貫工事っぷりは否めませんが、それを許容しても余りある魅力はさすが女神姉妹でした。しっかりとパート分けされて歌われた「Girl's Fantasy」は、ジュリィソロのときも十分魅力的でしたが、それを遥かに上回る魅力と壮大さ、そして慈愛を感じました。この曲はもともと女神らしさに溢れていましたが、ジャニスが加わったことでハモりになり、文字通り深みが増しましたね。

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ただ、歌唱部分を除けばジャニスはほとんどジュリィのコピーで、コーデチェンジ完了のところや、随所のダンスが二人でもあまり効果的でなかった感じが残念です。「ま〜ぶるMake up a-ha-ha!」ほどは期待してませんでしたが、せめて「コノウタトマレイヒ」のひびふわバージョン程度には変化が欲しかったです。どちらかというとこのアップデート具合は「0-week-old」ひびファルバージョン程度の差異でした。・・・歌声やこのライブの意味合いを無視し、あくまで映像面の話で、そしてメタ的な印象ではありますが、まぁそこがソラミスマイルにとって付け入る隙だったのかもしれません。ジト目というか、ジャニスはジュリィよりも釣り目ですし、それがほとんど再現されていなかったのも残念でした。それだけCG班は修羅場っていたんだろうなぁと想像に難くないですが・・・。明確に「ジャニス」感があったのは、ライブ終わりに二人で微笑むシーンくらいでしょうか。

アイドルへの愛を歌ったというのは初披露のときから感じていましたが、ライブステージの背景が今までの思い出をまとめたものになっていて、その演出だけで泣けてくるのはさすが三年間の重みがありますね。こればかりは並みのアニメでは真似できないでしょう。どれだけ良い曲と良いストーリーと良いライブを用意したって、三年間という積み重ねと、その時間を一緒に過ごしてきた思い出は、キャラクターたちや視聴者にしか共有できない特別な感情です。もちろん、だからこれが最善かつ最良というわけではありません。短くてもいいアニメなどはたくさんありますが、この「今のプリパラにしかできない最高の演出」というのが、ニクいと同時に、スタッフさんたちの「わかってる」感が素晴らしいです。何が大切で、何がこのアニメの魅力なのか、それをじゅうぶん把握していて、しかもそこに関して視聴者とズレや温度差がなく気持ちが一致している・・・これはアニメやゲーム、他の業種などでも実は大事なことではないでしょうか。



-神アイドル誕生!!-
女神ライブの完成形でもって、ソラミスマイルに洗礼を与えるジュリィたち。そこに胸を借りるつもりで立ち向かうのは、新曲かつ「Girl's Fantasy」へのアンサーとして作られた「組曲フォーエバー☆フレンズ」をひっさげてきたソラミスマイルです。

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第一楽章は、女神たちのように背景が今までの走馬燈(?)というか回想ラッシュになっていて、三年間の思い出や友情・・・いいえ、ここはあえて「愛」と言わせてもらいますが、それが溢れている映像でした。神コーデによるライブは黄色(黄金?)による衣装の統一感と、羽衣のふわふわ感などが今までにない新鮮さがあり、それでいて今までのソラミ楽曲の流れを汲むようなアイドルソング感は、神々しくなったとはいえ「ソラミスマイル」なんだなぁという、原点を忘れていない感じがよかったです。曲のイントロがなんとなく「Love friend style」っぽかった(どちらも楽曲スタッフに桑原聖さんが参加されてます)のもそう感じた要因でしょうか。

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ジュリィたちは何を思ったのか、ソラミスマイルのライブに乱入。そこからが第二楽章になるというとても不思議で、しかしこれ以上ないくらい最高の構造をしているのが、この「組曲フォーエバー☆フレンズ」でした。女神を倒すという条件なのにこれはアリなのか? という疑問もわきますが、その倒し方が明確に決まっていたわけではないですし、むしろ待機中だった女神を「ノセ」たという意味では、今までの神アイドル以上のことをソラミスマイルがやってのけた可能性があります。

組曲ということですが作中では「組曲だ」ということは言われておらず、めが兄ぃが作ってくれたのは第一楽章の「I FRIEND YOU!!」の部分のみ、という可能性があります。プリパラが好き、アイドルが好き、トモダチが好きという気持ちを持っていれば、そして神アイドルや女神レベルであれば、あのシチュエーションならアドリブで第二楽章へ突入できてしまうのかもしれません。本場のジャズじゃないですけど、曲さえあれば歌詞は自然と出てくる、なんて状況も考えられますね。もしくは、女神に乱入してきてもらう前提で、あらかじめそこまで作っていた可能性もありますが。そして女神たちが「ノッ」てきてくれればこっちのもの、という戦略だったかもしれません。


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まぁ曲の真意は作中か、もしくはスタッフさんへのインタビューなどで明言してくれない限り憶測の域を出ませんが、ソラミドレッシングを振り返るために二話という話数が必要であったように、プリパラの「今まで」を歌うためには組曲くらいの尺と構成が必要だったのは間違いないでしょう。そして、その第二楽章があったからこそ、メイキングドラマが戴冠式となり、無事にティアラを授かってソラミスマイルは神アイドルとなりました。第一楽章、第二楽章、そして戴冠式メイキングドラマの映像の説得力がすさまじく、そもそも神アイドルグランプリファイナルでは優勝していましたから、ソラミスマイルの神アイドル到達には、何ら違和感はなく、むしろやっとここまでこられた、という感慨深さがありました。神コーデがダイヤから解放されたときのらぁらちゃんの涙もクルものがありましたが、神アイドルに到達したときの感動も、長かった旅が終わりを告げた感があります。当然、この感慨深さには、旅立ちや別離にも似た、作品がひとつの区切りを迎えようとしているという寂しさも混じっているわけですが・・・。


-システム執行の時-
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神アイドルが誕生してめでたしめでたしとはいきません。らぁらちゃんの目的はジュリィを助けることですが、その明確な手段もわからないまま、システムにジュリィがさらわれてしまいます。直前、ジャニスが大人しく流れに従って女神の座を継承しました。それはまぁグランプリファイナル前後に二人の会話を聞いていたので、ジャニスは女神の座を立派に継いでみせる、という姿勢なのはわかっていましたが、しかしいくらなんでも薄情じゃないかと思った矢先、なんとジャニスは女神パワーを発動させてジュリィを助けようとします。

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規律やルールに厳しかったジャニスからは考えられませんが、ノンシュガーと出会い、ジュリィのフォローとしてアイドルへの愛を歌いあげるような彼女なら、こうするというのは納得でした。しかしまさかここまで情にアツい女性になっていたとは思いませんでした。そして、そんな彼女の行動や言動に成長を感じられて泣けるわけですが、システムは女神以上の存在のようですから、ジュリィどころかジャニスもろともさらわれてしまいます。そんなとき、ジャニスはタクトをらぁらちゃんに託します。ジャニスの行動の意外性と必然性を保った描写も素晴らしいですが、ここでタクトが主人公の手に渡り、プリパラの命運が主人公の手にゆだねられるとは・・・! ツラく、厳しく、難しい展開ではありますが、非常に熱く燃える展開であることも間違いありません。

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ソラミスマイルが神アイドルになった、という感動の余韻も感じられないまま怒涛の展開だったので、そこに関してはちょっと残念でしたけど、そもそも事態は最初から切迫していましたし、神アイドルになる、というのは同時にジュリィ消滅でもあったので、一連の流れが急転直下なのは仕方ないでしょう。天空のステージが落下を始めるという、物理的(?)にも危機的状況に陥ったりと、「危険」や「タイムリミット」といったハラハラさせるギミックを用意する手腕はさすがです。こういう危険な状況だからこそ「なんとかしなきゃ!」という流れに持っていけるわけですし、ちゃんこちゃんやあじみちゃんをはじめ、色んなアイドルたちが他のアイドルたちを助けたり守ったりしていたシーンも印象的でした。みんなできることをやっている、という意味では、らぁらちゃんたちと何も違わないのですね。

ひびきさんもバリアを用意したりと彼にしかできないことをしましたが、でもステージ落下を止めたり女神たちを助けたりということは、さすがに神アイドルにしか成しえないまさに神業と言えます。もちろん、ステージ落下なんてトラブルがなくてもらぁらちゃんたちはジュリィたちを助けるために全力を出したでしょうけど、「危険」や「危機感」の演出をよりわかりやすくダイレクトに表現するには、ステージ落下はいいアイディアでした。そもそも理屈がよくわからず、なおかつ明言されていなかった「天空のステージ」ですから、むしろこれでやっとステージの原理や役目がわかったような気がします(ゆりかごのようなデザインですし、女神の居城であり、女神が不在になると浮遊能力などが消えるのでしょう、きっと)。

地上のめが姉ぇもすでに諦めていて「さよならプリパラです」なんて言っちゃいますし、プリパラの影響が現実世界にまで影響を及ぼしているようなシーンもあったりしました。どれくらいの影響があるのかは定かじゃないですが、プリパリとかはそもそもプランスあたりにプリパラが現実化して存在している街のようですし、プリズムストーンに店番めが姉ぇがいることも考えると、プリパラの影響が外に「染み出す」ような感じだとしてもあり得なくはないでしょう。何やらヤバそうというのは映像から伝わってきていました。

天空のステージだけにとどまらず、パラ宿が「サパンナのようになる」だけにもとどまらず・・・危機感をこれでもかと増大させてくるのは、その後のカタルシスが大きくなるためとはいえハードルを上げすぎているようにも思えました。その大きくなったハードルを乗り越えられるのか、そこまで重たくなってしまった重荷をらぁらちゃんたちに背負わせてしまうのは、ライオンが子供を谷に突き落とすような心苦しさも感じますが、「そんなに大きな荷物ならばみんなで持てばいい」の精神で、らぁらちゃんたちは見事にこの窮地を脱しました。女神との勝敗はうやむやになりましたが・・・勝つとか負けるとかいったことより大事なことを伝えた女神戦も素晴らしかったですが、この未曾有の「危機」にみんなで手を取り合って立ち向かう様子は、まさに勝敗などを超越した困難とその打開を見せてくれました。よくある創作分野の類似の展開としては、例えば文化祭や合唱コンクールを成功させる、みたいなものに近いですが、そのスケールの大きさと積み重ねてきた思い出の重みは、先述しましたがそうそう真似できるものではありません。

そしてなおかつ、そこまでスケールなどが大きくなるとやっぱり「敵」みたいな存在が出てきやすいですが、そういう存在を設定せず、いわゆる「バトル」や「勝負」にしていないのがこの構造のキモですね。勝負にしないことで、みんなで成し遂げるということに焦点を絞って実現できますし、敵を用意してしまうと、その敵の設定を用意しなければなりません。その敵が魅力的だとそのファンの子が悲しむ展開になってしまう可能性もありますね。

二年目はその構造に近い部分もありましたが、最終的に「みんなで何かを成し遂げる」という部分は一致しています。プリパラがこれまで大きくなったことも「トモダチ」や「トモチケ」というシステムによるところが大きいでしょうし、まさに今のプリパラがあるのは「みんなで成し遂げた」結果だと思います。そして、アニメでもその大切さを押し出している・・・アニメとゲームの有り方が一致しているのも、プリパラとしてテーマや軸がズレていないことの証左であり、作品側と視聴者の間でもズレが生じていないことの証明でしょう。それほどの認識とバランス感覚を持ちあわせ、それでいて自分であげたハードルも超えていくし、視聴者を常に楽しませたり驚かせたりする・・・そんなアニメがどれだけあるでしょうか。

皆無とは言いませんが、いえ、実際はわたしが知っている以上の本数が存在していると思いますが・・・ここ六年間近くで、わたしは数えるほどしかそういうアニメには出会えませんでした。もちろん、出会えたそれらのアニメは大好きですし、世間の人気とは一致していたりかけ離れていることもありますが、できればこういう作品に多く出会っていきたいものですし、増えていってほしいでものですね。いや、増えてしまうとそれはそれでありきたりになる可能性もありますし、全部を追う時間も必要になってきますから、それほど増えなくていいんですけど・・・プリパラ以外にも毎期一本くらいは欲しいものですね。あまり出会えていないのは自分のアンテナにも問題があるでしょうが・・・。



-フォーエバーフレンズ!-
組曲形式というプリパラでは初めての構成となっていたこの曲、プリティーリズムから見ている人は、ディアマイフューチャーのクライマックス、グレイトフルシンフォニアを思い出した人もいるようです。わたしも浮かびはしましたが、実際に楽章構成になっているこの曲に比べて、グレイトフルシンフォニアは作中のメイン要素が「プリズムアクト」というメイキングドラマっぽいものだったこともあって、演劇要素の方が強く、ちょっと似ているかもなぁという印象程度でした。しかし、音響監督の長崎さんがグレイトフルシンフォニアのリベンジだと発言していて、猛烈に合点がいきました。

グレイトフルシンフォニアも素晴らしかったのですが、CGがほぼなかったり、心残りな部分がなかったとは言えません。もちろん当時のできる限り最大限の力であの展開を描いてくれたと思っていますが、無理難題なのでしょうけど贅沢を言えばもっともっと豪華にしてほしかった気持ちもありました(グレイトフルシンフォニア開始時の大人数ライブはわずかなシーンでしたが素晴らしかった・・・)。フォーエバーフレンズは、リベンジであると同時に、あのとき思い描いた夢を叶えた形でもありました。状況や、作品や、テーマは違ってしまいましたが、プリティーリズムとプリパラの根っこにあるマインドは同じ(だと思っています)ですし、妹が敵を討った、と考えられなくもないのです。真の組曲を、数年の歳月をかけてプリパラが完成させてくれたのです。メタ的かつ古参ファン的な考え方ではありますが、ただでさえ泣ける曲にそのような裏側があるならば、さらに違った感慨が押し寄せてきます。


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楽章ごとにちゃんと新曲になっているので都合四曲も書き下ろされていますし、インターリュードで他チームのユニットソングをリミックスしたような部分になっていたのも鳥肌です。早くフルサイズで聞きたいですね。四曲ともテイストが違って、流れで聞くとすごく楽しかったりしんみりしたりと、「組曲」という流れを意識して作られているなぁと感じます。

しかし、この組曲でもちょっと残念に感じた部分がありました。それは、インターリュードのところで他チームが出てきたところは、さすがにアニメで、CGではなかったことです。すでにここまでの間で大量のライブシーンを作ってくれていて、キンプリ新作や映画プリパラ、アイドルタイムプリパラの準備などでもうCG班は忙殺されていたでしょうが、あえて一言贅沢を言わせてもらうとするならば、ドレシやトリコロール、ガァルマゲドン・・・他チームが歌うシーンも、できればCGが欲しかった・・・! これがまた次のリベンジに繋がるかはわかりませんが、もしまた舞台やシチュエーションが整って組曲をやるとなったとき、頭のてっぺんから足の爪先まで隙のない組曲を見てみたいですね。


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映像による圧倒的な説得力、楽曲の内容や構成、シチュエーションの抜かりなさ、最後の皆からのメッセージなど、プリパラの集大成と呼ぶに相応しい内容をもって、ソラミスマイルは神アイドルの力で窮地を救い、ジュリィたちも戻ってきました。集大成感と言えば映画キラリンスターライブも負けてないですが、あちらは流れや文脈を気にせずパッと気軽に見られるタイプだとすれば、この神アイドルグランプリファイナルは、この約8話前後・・・いえ、この三年間を全て見てこその感動がありますし、その分視聴には体力を要します。肩に力が入ってしまいますからね。

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キャラクターたちのメッセージも彼女たちらしいセリフばかりで、なおかつグッとくるものばかりでよかったですが、トモチケをみんなでパキるシーンは、唐突でしたがファルルを目覚めさせるときのミラクルライブを思い出しました。あのときはトモチケを集めたことによる元気玉のようなものだと理解していましたが、このときは「パキる」ことそのものが、エネルギーになっているかのようでした。そもそもこのプリチケのパキるというギミック、印刷式アーケードゲームでは革命とでもいうべき発明でしたし、それをまるで名刺か何かのようにしてユーザー同士が交流できるようにした、というのは現実世界でもじゅうぶん革新的なアイディアでした。このご時世、隣人ですら言葉を交わさなくなっていますし、そのような時代に他人と積極的に交流させようとするのは、会社の存亡をかけた無謀な挑戦に見えましたし、同時に人間の善性を、一縷の望みをかけて信じているようでもありました。

そしてその行動・動作がプリパラというものを作り出し、プリパラというアニメで、とても重要となるトモダチの輪を広げていきました。パキるという言葉もアニメ発祥のようですが、この行為はトモダチとかアイドルとかよりももっと原初的で、より「プリパラ」としての根源に近いのでしょう。プリパラは「み~んなトモダチ!み~んなアイドル!」ですが、さらに突き詰めて、簡潔に、端的に表現するのであれば、それは「パキる」動作でこそ表せるのかもしれません。「プリパラ=パキる」なのです。


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さて、しかし、全て円満と言えるほどオールハッピーな展開にはならず、ジュリィは消えてしまいます。雷と暗雲にさらわれたわけではないですが、実質あの消え方はシステムによって消されたようにも見えます。らぁらちゃんやジュリィ本人が納得していること、その後の活動が許されていることが「消滅」と「透明化」の違いでしょうね。ジュリィはジュリィで、禁忌を犯して地上に降りたりアイドルへ介入したりしていました。ジュリィの抱えている全てを円満解決してしまうとその部分を贖罪せずに踏み倒してしまうことになりますし、ジュリィは罪を犯してでもアイドルやジャニスのために行動したところが美しいのです。だとすれば、その魅力である罪や贖罪行為はチャラにされてはいけませんし、消滅はやりすぎとはいえ、罰はしっかり与えないといけません。

その結論が透明化でした。罰と言えば罰ですし、しかしそれによってジュリィがプリチケ配達人になる、という流れも絶妙かつ美しいです。もともとプリチケがやってくる原理は謎でしたし、ジュリィが配達人になったからといって前任者も女神だったとは限りませんし、そもそもジュリィがやる前は配達人ではなくシステム的な転送だったかもしれないとか、まだまだ謎は残りますが、少なくともこれからのプリチケはジュリィが届けている・・・そう考えるだけで、なんだか勇気や元気がもらえますし、らぁらちゃんもきっと同じ気持ちでしょう。

ジュリィは消滅したのではなくて、今は見えないだけで、今もどこかで女の子のためにプリチケを配達している・・・それは消滅による絶望ではなく、どこかで元気にしているという希望を感じます。メタ的なことを言えば、ゲームでは再登場するらしいですし、声優の上田麗奈さんもミミ子としてアイドルタイムプリパラに出演していますから、一昔前のファルルのようなスパンで再登場があるかもしれません。もし出てくるとしたら、否応なく神アイドルレベルの話題になりそうですが、どういう展開で再登場するのか気になりますね。まぁただの予想なので再登場なんてないかもしれませんが・・・。

プリパラは一年目、二年目、三年目とそれぞれプリティーリズムの各シリーズをなぞったような、オマージュしたような、リスペクトしたような内容になっていますが、この三年目も女神という存在が出てきたところは、プリリズRLでりんねちゃんとジュネさんというプリズムの使者が出てきたところに似ています。さらに、プリズムの使者は我々の身近に潜んでいる・・・というのがふれこみでしたが、ジュリィが透明になってプリチケ配達人になったのは、まさにそれを連想させます。実際ジュリィは普通の少女に化けてプリパラを満喫していたので、より世俗的かつ庶民的な感じはありましたけど、構造としては似た設定を持っていました。


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見ている女児に、「ジュリィが見守っているよ」というメッセージは、いわゆる「悪い子は鬼に食べられる」の逆ではないですが、いい子に育って欲しいというメッセージのようにも感じます。しかもネガティブな方向ではなく、明るくポジティブな方向ですし、実際わたしはプリリズRL後にかなり生活が改まった感があります・・・って今の有様じゃあまり説得力ないか(白目)。もちろんプリパラからも同様に元気や勇気や夢や希望を常々もらっていますが、さすがにジュリィの件はわたしは女性でも女児でもないので、あまり普段から意識することはないですが。


-ファルル、学校へ行くの巻-
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プリティーリズムシリーズからの通例で、プリパラでも恒例となっていましたが、最終話の一話前で最高潮にまで盛り上げ、最終話に相当する回は後日談と次シリーズへの繋ぎになっていました。さて、今年は何をやるんだろうと思っていると、まさかファルルの話をやってくれるとは! ジュリィで後日談をやりそうな予感がしていたのですが、ジュリィは救出後すぐに透明になってしまいましたし、ジャニスも不干渉の女神の立場へ戻ってしまいました。なるほど、これらをもうすませてしまったとなると、まほちゃんの語尾嫌いの件やファルルの件くらいが心残りです。そして、そのどちらにも触れてくれたのがプリパラ最終話の嬉しいところですね(ジャニスとノンシュガーの絡みはこの前に一応ありましたが、必要最低限という感じでちょっと残念でした)。

トリコロールはひびふわ、ひびファルなど色んな派閥(?)があり、映画でふわファルなんかも出てきたりして(???)、しかしその関係性のひとつの解を見たような気がします。ファルルが娘で、ひびきとふわりが両親、さしずめユニコンはおばあちゃんでしょうか。ファルルのためにあじみちゃんへ下げたくない頭を下げ、かなりトモダチへ近づこうと譲歩したひびきさん。まだファルルのことはトモダチではなく憧れや大切な存在という感覚かもしれませんが、誰かのために頼まれてもいないことをやっている様子はまさにトモダチに接する様子に他なりませんでした。トモダチ、と意識してしまうと過去のトラウマを想起しちゃうかもしれませんが、そういうことを抜きにして、ふわりやファルル相手であれば、まほちゃんはもうトモダチと接するのと同じように接することができるでしょうね。


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あじみちゃんもひびきさんの頼みとあらば語尾くらいいくらでも我慢しますが、それに体が持たないことは神グラファイナルで実証済みでしたから、またもや破裂してしまうことは想像に難くありませんでした。むしろ授業をなぜあじみちゃんに頼んだのか・・・。そのあじみ先生抜擢もひびきさんなりの考えだとすれば、トリコロールの次にトモダチ然として接することのできる候補はやっぱりあじみちゃんかもしれませんね。

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口から出る語尾を飲み込むのもさることながら、膨らんだ体を万力で縮ませたりとかなり人間的におかしなことをやってたあじみ先生ですが、そこまでして力になってあげたかったというところが泣かせます。この行動自体はトリコロールVSうっちゃりのときにもありましたが、あじみちゃんはひびきさんのためなら簡単に命すら投げ出しそうですよね。そこまで直接的な表現はなくギャグ描写に留まってますが、実際そういう状況になったときのあじみ先生の行動とまほちゃんの反応も見てみたいものです。

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ファルルの授業風景を見守るという形で今までのキャラクターが総登場するというのもあまり無理がなくてよかったです。他校の生徒であるちりちゃんまで来たときの理由付けなどは強引でしたが(創立記念日)、それが許されるプリパラもさすがです。大事なことはシビア過ぎるくらいシビアに描くわりに、こういうときのテキトーさや強引さも持ち合わせている、幅広さというか柔軟性があるのがプリパラの魅力ですよね。

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ガァルルも外に出てきていてあろま、みかんと授業を受けたり、ペッパーの学級崩壊ダンスをふわりが鎮めたりと、ソラミドレッシングの決戦前夜のときのように、気になっていた関係性を最後に描いてくれた感があります。なので嬉しいと同時に、今後の登場や絡みがないのだろうかと危ぶんでしまいます。というか、まずもって新シリーズで旧キャラの出番はないor少ないことを覚悟しておいた方がいいでしょう。新シリーズは進化と挑戦ですから旧キャラにあまり頼らず頑張ってほしいですからね。寂しいですがプリパラシリーズにとって必要なことですし、旧キャラはあくまでファンサービスの範疇でいいのではないでしょうか。でないと新シリーズで登場するキャラクターも可哀相ですからね。

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ファルルの授業は、笑顔が広がっていくというファルルの法則でしめられました。前フリもなく唐突でしたし、ファルルの説明が抽象的だったのもあって少し分かりにくかったですが、ファルルの言葉を借りたことで押し付けがましくないメッセージになっていたと思います。プリパラにしてはかなりぼかさず直接的なメッセージでしたが、なるべく説教臭さを消そうという努力が見えました。「笑顔が広がる」というのは、そこにトモダチ関係が構築されているからでしょう。同調圧力に近いかもしれませんが、そもそもトモダチとは同調する関係性ではないでしょうか。同じ好きな話題を話したり、プリパラをしたり・・・もちろんトモダチはライバルでもありますし、良いものを目指すが故に対立・衝突することもあります。しかし、それはどこかの部分で同調しているからではないでしょうか。

まったく同調・同意できない相手とはトモダチ関係にはなれない気がします。そしてそんな相手が笑っていたとしても、まず気にならないか、無視するか、むしろイラッとするか・・・同調していない相手なんてそんなものでしょう。しかし、少しばかりでも同調・同意できている相手なら、その相手が笑っていたとき、つられて笑ってしまうこともあるでしょう。笑顔が先かトモダチが先かは難しい命題ですが、少なくともトモダチ同士であれば笑顔は伝播するでしょうし、笑顔が伝播する相手とはトモダチになれるでしょう、前回までで「トモダチ」をこれでもかと押し出した本作ですが、そのトモダチの輪を「笑顔の伝播」に言い換えたものがファルルの法則なんですね。中には愛想笑いというのもありますから絶対の説得力がある法則ではないですが、見ている女児にわかりやすく伝えようとしたのではないでしょうか。その割にはちょっと迂遠な表現でしたし、むしろあえて考えさせる説明だったようにも思えます。ファルルの言ったことはどういう意味だろう、と見ている女児たちに考えて欲しかったのかもしれませんね。

ファルルとガァルルの外出は永続的なものではなく一時だけ実現する奇跡だったようですが、それによってプリパラシステムの頑強さ、ジュリィのプレゼントがどれほど例外的なことを実現したのかを思い知りました。そして、その儚さもボーカルドールの魅力ですよね。だからこそ愛おしく、大切に思えますし、彼女たちの行動や言動が胸にささります。


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最後はジュリィがプリチケ配達人としてプリチケを配っている様子があり、ファルルの外出同様、その姿が見られただけでもこの3rd seasonを見てきたかいがありました。ジュリィの完全な復活は無理でも、完全消滅とはならず、その位置まで取り戻せたのはらぁらちゃんたちの成し遂げたことですからね。主人公の働きや頑張りが無駄にならず、このシーンという結末までやってこられたわけですから。三年目で初登場とは思えないほど思い入れができたのは、ジュルルとして触れ合っていた期間が長かったこともあるでしょうね。そうでなければ、このラストシーンでジーンとすることはなかったかもしれません。

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ジュリィの「Girl's Fantasy」から始まり、ガァルマゲドン、ノンシュガー、うっちゃり、トリコロールなどのライブシーンがダイジェストで流れます。この演出も卑怯すぎるくらい涙腺にきました・・・。最終話ですしファルルの授業シーンがほとんどだったのでライブシーンはあまりないor皆無も覚悟していましたが、まさかこのような演出をしてくれるとは。全チームのライブをフルで、というのは贅沢すぎますし尺がないのは承知していましたから、ライブパートとアニメパートで各チームのその後が描かれたこの演出は、どのチームファンにも嬉しい半面、次シリーズの出番は期待できないと覚悟を決める瞬間でもありました。わたしは覚悟できたタイプですが、ここまできて覚悟ができなかった人は、このまま旧シリーズに捕われてしまうかもしれません。誰が何を好きだろうと自由なのはわかります。しかしキンプリ界隈を見ていてもわかるのですが、シリーズが元気であることがまず大前提だとわたしは思います。そうでなければ、前シリーズなんて誰にも知られず日の目を見ない・・・なんてことは全然ありえるからです。それがどれだけ魅力的で、どれだけ名作であっても。

もちろん旧シリーズが好きという気持ちを捨てる必要はまったくありません。新シリーズが不甲斐なければ叱咤激励してあげましょう。キャラクター単体だけなく「プリパラ」が好きであるならば、どのような形であれ応援していくことこそ肝要だと思います。詳しくは後述しますが、プリパラは転換期を迎え、進化と挑戦を迫られています。プリパラ自身、何か袋小路に迷い込んでしまうこともあるでしょう。そんなときファンの応援でプリパラを助けることができるかもしれませんし、プリパラがもっともっと大きくなってくれれば、シリーズのオールスター企画なんかも持ち上がるかもしれません。それが旧シリーズ登場キャラの晴れ舞台になるかもしれないと想像すると、わたしは今後もプリパラを見守っていこうと思えます。


-シリーズとしての生存戦略-
プリティーリズムシリーズとプリパラシリーズで比べれば、後者は明確に大成功と呼べる成果おさめていますが、このシリーズ移行、引き継ぎ、そしてシリーズのさらなる活性化が見込めなければ、プリパラの規模はもう限界であり、これ以上は大きくならないでしょう。前シリーズのことを今から知ってくれる物好きな人なんて限られています(だからこそありがたい存在でもありますが)。

プリパラがさらに元気になり、前シリーズにも光が当たるためには新シリーズで進化と挑戦をして、成功しなければなりません。新シリーズという選択をしたのも、スタッフさんやプリパラの母屋・タカラトミーアーツなどが今後の展開などを見据えた上で、限界値やそれに類する臨界点などを理解しているからでしょう。女児アニメシリーズとしては異例なくらい長期的成功を収めたプリパラではありますが、その記録を伸ばし続けてギネスに登録して何か意味があるのでしょうか。大事なのは、アニメで楽しませ、大事なメッセージを伝えていくことであり、「プリパラ」のネームバリューを大きくしていく必要は実はそれほどありません。

おいおいさっきと言っていることが矛盾しているじゃないかとお思いかもしれませんが、最近陸上選手のウサイン・ボルト選手がこんなことを言っていました。「国のために走るな。自分のために走って、それが国のためになればいい」と。この前後にもっと内容があるんですが、要約するとこんな感じです。そしてそれは、プリパラが「売れ線」をあまり気にせず、これまで自由に、そして軸をぶらさずやってきたことにも通じます。

もちろん商売ですからプリパラという「商品」が大きくなっていくことは大事ですが、そのために何かをやっていたというよりは、やはりアニメで楽しませ、大切なことを伝える・・・プリパラはここにこそ注力していたのではないでしょうか。その結果が異例の三年間という長寿番組を成し遂げたのです。進化と挑戦は大事ですが、初心も忘るるべからず、です。これだけは大事というマインドは失わないままプリパラはやっていってほしいですし、そのマインドはプリティーリズムのときから変わらず受け継がれていると今も信じています。面白いものしか賞賛せず、面白くないものを不当に持ち上げるようなことをしないわたしがずっと見続けているんですから間違いない(傲慢)。



-総括・ありがとうプリパラ! そして、これからもよろしく!!-
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ここ数回に渡り、旧シリーズプリパラをもう褒め尽くせないだろうというくらい褒め尽くし、もう書き尽くせないだろうというくらい書き尽くしました。神アイドルになってもつかの間、らぁらちゃんたちは次のシリーズへと動き出しました。名残惜しいですがそれほど余韻のない最終話でしたし、わたしたちも同じようなノリで、新シリーズへと移行していくとしましょう。そうしないとらぁらちゃんたちに置いていかれてしまいます。

新シリーズが好みでなければ、ここで終わるのも一つのファンの道です。応援するもしないもファンの自由ですからね。しかし、ここであえてわたしは「アイドルタイムプリパラも見よう!」と宣言したいです。好きなキャラがいないとか、ストーリーが好みでないとか、色んな理由があるかもしれませんが、それらはすべてプリパラの「進化と挑戦」の結果だと思っています。わたしはキャラクターも、ストーリーも、ライブも、曲も大好きですが、特にその「スタンス」や「マインド」に惚れているからプリパラを見ているのです。

新シリーズという選択をし、新たな挑戦を現在進行形で行なっているプリパラは、目論見通り新規開拓できている様子もありますが、同時に苦しんでいるようにも見えるのです。そんなプリパラを応援してやれるのはファンだけですし、わたしはそんな苦境を乗り越えて、より大きくなっていくプリパラが見たいのです。

もちろんファン活動は自由ですし、ファンが離れるとすればそれはプリパラの問題でもありますが、先述したようにプリパラは売れ線は狙いませんし、それによってときには自らのせいで苦境に追いやられることもあるでしょう。不甲斐ないときは叱咤激励しますが、それでもわたしはプリパラを応援し続けたいですし、プリパラの行き着く果てがどこなのか、どこにたどり着くのかを見てみたいのです。そして、プリパラがわたしたちにどういう光景を見せてくれるのか、それを確かめたいのです。ただそれだけ、たったそれだけのことなんですが、そんなことでわたしはプリパラを見守っていきたいんですよね。

というわけでプリパラクライマックス感想でした。今回にまとめようとかと思っていたアイドルタイムプリパラの感想は、こちらの分量が多くなってしまったことと、アイドルタイムプリパラも一つの山場を迎えたので、別個に書こうと思います。多分そう遅くならず投稿するとは思いますが・・・。
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